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楽天のドラフト1期生、現役時代から大学院で学んだ西谷尚徳さんが大学教員で目指す新しい夢

2017年11月7日10時45分  スポーツ報知
  • 授業を行う立正大・専任講師の西谷さん
  • 現役時代の西谷さん
  • 西谷さんの活躍を報じるスポーツ報知紙面(2008年2月)
  • 楽天の投打の柱、岩隈(右)、山崎(左)とお立ち台に上がる西谷さん(2009年6月14日、交流戦DeNA戦)

 プロ野球選手から異例の転身を遂げた。東京・品川区にある立正大・品川キャンパスのとある教室。そこで行われているのは「社会学・教育学ゼミ」。指導教員でもある西谷尚徳さんは、楽天の創設メンバーでドラフト1期生だ。法学部の専任講師として「1年生の初年次教育とともに、今年からゼミを持っています」と笑顔で語った。

 学生に時折質問しながら議論をさりげなく引っ張っていくクールなやりとりと、細身の体にピシッとスーツを着こなした姿は、元プロ野球選手には見えない。やや甲高い声と童顔だけを見れば学生にも見えてしまう。「今は野球のことに疎くなりましたね。それよりも文科省が大学にどう期待しているかというような動向に注目しています」。

 現役を引退したのが2010年オフ。11年からは立正大で国語表現、明星大で体育、多摩大聖ヶ丘高で現代文、古典と3校の非常勤教師として教べんを執り、3年目から立正大の特任講師に。昨年4月からは専任講師を努めている。

 引退した翌年から教員としてスムーズに第2の人生を送っているように見えるが、西谷さんはそれだけの準備をしてきた。プロ入り前に明大で教員免許(高校国語)を取得していただけでなく、現役時代に通信制の大学院で教育学の修士過程を修了していた。「修士を取ろうと思ったきっかけはケガなんですよ」と述懐した。

 西谷さんの現役生活はケガがついて回った。それは入団前からだった。「自分は楽天じゃなければプロに入れていないと思いますよ」と冷静に分析する。俊足巧打の内野手として明大で主将を務め、大学日本代表でもキャプテンとしてチームをまとめた西谷さんはドラフト候補として評価されていた。だが右ひじを痛め、秋のリーグ戦ではテーピングでグルグル巻きにしてプレーする姿に指名を回避する球団が増えた。社会人野球も視野に入れていたが、近鉄とオリックスの合併に伴い、球団再編の風が吹く中、50年ぶり新規参入球団として楽天が誕生。新球団としての準備と平行するように行われた04年のドラフト会議で、楽天の4巡目指名を受け、プロ入りを果たした。

 プロでも1年目のキャンプで右ひじを痛め、遊離軟骨の除去手術を行い、リハビリ。2年目のシーズン最後に1軍昇格を果たし、10試合で打率3割超えをマークしたが、翌年、またひじを痛めた。右足幅靱帯(じんたい)の移植手術を受け、1年以上を棒に振った。その時に大学院で学ぶことを決断したという。「ケガしてやれることが少なくて…。気持ちでは体を動かしたいけれど、休むしかなくて。時間があるので、研究計画を立てたんです」。通信課程で学べる大学を探し、プロ野球選手として両立できる大学を選んだ。通信課程ではスクーリングといって学校に通って授業を受けることが求められる。夏休みに設定されることが多いが、シーズンの真っ最中で休むことはできない。「冬でも代用が効くことを調べて明星大にしました」。

 楽天の2軍は、ほとんどバス移動。関東遠征では数時間にも及ぶ移動を強いられる。他の選手が眠って休息にあてる時でも、ノートパソコンを開いて勉強した。「自分にプレッシャーをかける意味もありましたし、切り替えてやらないと野球だけだと思い悩んでしまうということもありましたね」。チームメートからは厳しい言葉も投げかけられた。勉強する暇があったら野球に専念したほうがいい…。もう野球を辞めて先生になれば…。西谷さんは「ファンからも言われたことがあります」と当時を振り返った。

 それでも本業は手を抜かなかった。ルーキーイヤーのキャンプ初日で愕然としたことを今でも覚えている。「大島(公一)さんのキャッチボールを見て、無理だと思いました。何だこのレベルはと…。遊んでいるように見えてすごいうまいんですよ」。ベテランの一見何気なく見えるが高度なテクニックが詰まった動きにショックを受けたという。とにかくひたむきにコツコツと練習するしかなかった。毎日、気がついたことを書き留めクリアしていく。「もうやるしかなかったので…。バント、走塁、守備はプロで身に付けました」。大学院で勉強し始めた08年に2軍では打率3割4分2厘、09年は打率3割5分8厘をマーク、1軍でも、お立ち台にもあがった。

 「持論ですが、誰でも一流にはなれるんです。ケガさえなければ…。超一流は限られた人間だけですけどね。(試合に)出続けていたら慣れて打てるようになる。ケガしたら負けです。丈夫な人が活躍するんです。二流、三流で終わるのはケガとかで出るチャンスがつかめないということだと思うんです」。

 09年オフに楽天から戦力外通告を受け、トライアウトに参加。さらに入団テストを受けて阪神と育成契約を結んだが、1年で戦力外となり、計6年間の現役生活を終えた。

 直後、立正大・非常勤講師の小山啓太さんからゲスト講師として講演の依頼を受けた。西谷さんが学生時代、小山さんは大学日本代表のトレーナーを務めており親交があった。そこでの講演が評価されて、大学の講師への道が開けた。

 「プロに行って後悔はないです。社会人としてプロフェッショナルで働くということは、どの職業にも応用が出来る。私は今、1回1回の授業が勝負で、怠けないでベストを尽くさなければいけない。それはプロ野球選手も同じで、試合を見に来るファンは毎日違うのだし、体調、気分が違ってもベストを尽くさなければいけない。それに向けての準備、努力の仕方、過程や、目標作りや目標を達成するまでの道のりは、若い子に自信を持って伝えられます」

 西谷ゼミでは「アクティブ・ラーニング」をモットーに、自治体や企業と交渉し、積極的に実社会と関わる課外活動を重視している。明大農学部との共同研究を始め、銚子市議会を見学、市役所で研修を行い行政と企業の連携を学ぶ。さらには品川区の小学校で模擬選挙を提案し実施するなど、多種多様な“学び”を行っている。

 学生は卒業後は、社会に出て行く。「大学生のうちに、人より多く社会のことを意識してくれれば、それだけで“勝ち”だと思うんです。学生にはとにかく人に会いなさい、人の話を聞きなさいと言っています。人と会うことで、いくら本を読んでも得られない視点が増えていくものです。そのためにはコミュニケーション力を高めないといけないと思っています」。西谷さんの専門は「初年次教育、大学国語教育、教育社会学」で、教員になって2冊の教科書を執筆。また文章表現の本として「社会で活躍するためのロジカル・ライティング」(弘文堂)を出版した。

 学生に何を伝えたいのか。「教育という自分の研究分野に興味を持ってくれたらうれしいですし、社会に出て恥ずかしくない人になって卒業して欲しい。卒業してから『西谷が言っていたことは間違いなかったな』と思ってもらえるとうれしいですね」。準備の大切さ、目標設定をして叶えることの重要さを、心を砕いて学生に説いている。(コンテンツ編集部・高柳 義人)

 ◆西谷 尚徳(にしたに・ひさのり)1982年5月6日、埼玉・久喜市生まれ。35歳。久喜小1年から久喜スワローズで野球を始める。加須シニアでプレーし、鷲宮高に進学。明大では、1年春に、3冠王を獲得した早大・鳥谷(現阪神)に次ぐ打率2位で、二塁手のベストナインを獲得。4年次には主将を務め春秋ベストナイン。春は法大・大引(現ヤクルト)と2厘差の打率2位。2004年ドラフト4巡目で楽天に入団。09年に退団し、10年には阪神と育成契約も同年オフに退団。身長177センチ、77キロ(現役時代)。右投左打。通算10試合、打率2割4分0厘、7打点。退団後は立正大の非常勤講師などを務め、16年から立正大法学部の専任講師を務めている。

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