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両リーグの本塁打王をサポート 元DeNA・内藤雄太さんが玩具メーカーで踏み出した第一歩

2017年11月13日10時45分  スポーツ報知
  • 取り扱い商品が所狭しと並ぶ本社で 新たに販売するマルッチの金属バットとフランクリンの革手袋を持つ内藤さん
  • 2011年6月28日の中日戦で満塁本塁打を放った内藤さん
  • 2011年の開幕戦でサヨナラ打を放った内藤さんを報じるスポーツ報知(2011年4月13日発行)
  • 2011年4月12日、サヨナラ打を放ちチームメートにもみくちゃにされる内藤さん

 今季、パ・リーグではソフトバンク・デスパイネが、セ・リーグでは中日・ゲレーロが本塁打王に輝いた。ともに右打ちの強打者で、同い年。ホームラン数は35本、キューバ出身と、共通点は多々あるが、ともにフランクリン(Franklin)社製の革手袋(打撃用手袋)を使用している。フランクリンの革手袋を使用するプロ野球選手のサポートをしているのが、元DeNAの内藤雄太さん(33)だ。

 内藤さんは、昨年1月からフランクリン社の日本総代理店となっているカシマヤ製作所に勤務し、プロ野球統括マネジャーを務めている。さらに今年からカシマヤ製作所では、米国のバットメーカー「マルッチ(marucci)」のバットの取り扱いを始めた。マルッチのバットはデスパイネや楽天・ペゲーロらが使用。フランクリンもマルッチも米大リーグで大きなシェアを占めており、外国人選手が来日後も継続使用するケースが多い。「外国人選手のフォローが多いですね。要望や注文を聞いています」。バットの形状やサイズなど、注文を聞き、本国と連絡を取っている。

 日本人選手では用具メーカーとアドバイザリー契約を結び、総括的に用具提供を受ける選手が多いが、米大リーグの選手はほぼ自費で用具を購入している。そのため、「積極的に営業を行っているわけではないですが、球場で声をかけられることが増えました」。楽天・オコエがフランクリンの革手袋、マルッチのバットをともに使用するなど、日本人選手にも広がりを見せている。

 「この前、久しぶりに硬式ボールを打ちましたが、(フランクリンの革手袋は)グリップ力が違う。(マルッチの)バットに関しては、(素材が)ハードメイプルなので硬くて反発力が高い。飛距離が出る」と語った内藤さんは、06年から8年間、プロ野球選手として横浜、DeNAでプレーした。「夢のような世界でやらせてもらえた8年間でした。結果が出なかったので、ああいう練習を、こういう風に取り組めば良かったと今ではすごく思います」。2011年は、東日本大震災のため延期となった4月12日の開幕戦で代打でサヨナラ打を放ち、球団の開幕戦連敗を7で止める活躍を見せた。それでも、13年に戦力外通告を受けた。

 その時のことは鮮明に覚えている。「10月28日に、当時の監督だった中畑さんが秋季練習を見に来てくれて、『来年の春の1軍キャンプに呼ぶから、この秋は自主練習に取り組んでくれ』と言ってくれたんです」。この年は1軍での出場機会がなく、構想外も覚悟していた。「その言葉を頂いて、まだ出来るんだと。バッティングで取り組んでいたことがあって、これだったら来年勝負できるというのがあったので、うれしかった」。だが、練習を終え車で帰宅中に、球団スタッフから翌日、球団事務所に来てくれとの電話が入った。「クビですかって聞いたら、『今はその話はできないから』と言われました」。指揮官から期待の言葉をかけられてわずか30分後の暗転に心は揺れた。翌日、球団事務所に行き、高田繁GMから「来季の契約は考えていません、以上です。トライアウトは受けますか?」と通告を受けた。

 DeNAがTBSから球団を買収して2年。5年連続最下位から5位になった年。現場の最高責任者である監督が、翌年の構想外になる選手を事前に知らされていない前代未聞のドタバタ劇に翻弄された。トライアウトを受験して現役続行の道を探ったが、オファーはなかった。「独身だったら海外も含めてやれるところまでやっていましたけど…。家族がいたので。年齢も考えて、違う世界で勉強しようと思いました」。結婚して長女は3歳、長男は5月に生まれたばかり。30歳を目前にして現役引退を決断した。

 引退後は知人の紹介でスポーツ用品店「スポーツオーソリティ」に勤務。横浜市内の3店舗を回る販売アドバイザーを務めた。「(現役を)辞めてすぐは会いに来てくれる人がいましたけど、物珍しさもあったと思うんです。あと何年もすると残っていけないだろうと思いました」。自らの立場を冷静に分析し、身の振り方を考え、退社を決意。それを知ったカシマヤ製作所の西上茂社長(42)から誘いを受けて、同社の社員となった。

 西上社長は言う。「内藤さんは元々知っていました。フランクリンの革手を本格的に展開していく時期でしたけど、因果関係はないんです。ウチの本業は公園スポーツです。ユーススポーツと呼ばれる分野で70年の歴史があります。内藤さんには営業マンをやってもらっています」。子供向けのプラスチックのバットやサッカーボール、バドミントンやフラフープなど、カラフルな色遣いの多種多様の商品を製造、販売している。そのジュニア向けのスポーツ商品でフランクリン社と交流が出来た縁で、革手袋の扱いも始まったという。「なんと言ってもウチは東京玩具人形組合に所属していますから」と説明した。

 内藤さんの人柄を見込んで採用した西上さんだったが、「最初はパソコンの“パ”の字が打てない状態でしたね。ワード、エクセルも何っていう状態でした」。西上さんは、メールの文面や名刺の渡し方、受け方などビジネスマナーの基礎を教えた。取引先との商談にも同席させ、やりとりを見せた。内藤さんは「業界の専門用語が分からなくて、本当に困りましたね」。商談が終わると、西上さんを質問攻めにして、その都度学んでいった。

 文字通りゼロからのスタートではあるが、実直な内藤さんは地道に仕事を覚えた。西上さんは「営業マンとして、この前も台湾と中国の工場に出張に行ってました。フランクリンやマルッチとのメールでのやりとりも当然、英語でやっていますし、相当自慢できるセカンドキャリアではないでしょうか」と評価する。海外とのやりとりに内藤さんは「毎日、為替はチェックしています」。公園スポーツの取引相手は総合スーパー。ノートパソコンを持参し、毎週のようにイオン本社に出向き、かつての職場「スポーツオーソリティ」を展開するメガスポーツやヒマラヤスポーツとも直接、商談を行っている。「内藤さんが専門的にやっているバットと革手だけでも億単位の売り上げですよ。それに加えて、ウォーターガンや縄跳びも売っていますから」と西上さん。扱う商品も数百種、さらに色違いも合わせればものすごい商品数をカバーする。内藤さんは「守備範囲が広い? 現役時代は狭かったんですけどね」と苦笑いした。

 来年春にはマルッチの軟式用金属バットを発売する。米国では当然、硬式球しかないために、日本の軟式球を米国に送り、テストを重ねた。文字通りイチから開発に携わった。ブランドイメージに合わせるように表面は木目調のデザインが施された。「音もいいし、打感もいいい、楽しみですね」と期待を寄せている。野球シーズン中は、統括マネジャーの仕事が多くなるが、本業も忘れていない。「公園スポーツはまだ分からないことが正直多いですけど、もっと理解をして、お取引様とスムーズに商談を進められるようになりたいです。そうしていかなければいけないと思っています。(野球分野と比較して)“おもちゃ”のほうが比重が強いですね、意識は…」。

 自らがいたプロ野球界への思いももちろんある。「自分のパフォーマンスを上げるために用具を選べることが出来るようになっていけばいいと思います」。プロ野球選手のサポートとともに、子供たちにスポーツを身近にさせるための公園スポーツの普及。物腰柔らかに語る内藤さんから、その両立にかける強い意思が透けて見えていた。(コンテンツ編集部・高柳 義人)

 ◆内藤 雄太(ないとう・ゆうた)1983年11月29日、神奈川・横須賀市生まれ。33歳。荻野小1年で「長坂アトムズ」でソフトボールを始め、大楠中時代にクラブチーム「横須賀スターズ」で本格的に野球を始める。横浜商工(現・横浜創学館)では3年夏、県5回戦で桐光学園に敗れる。高校通算23本塁打。八戸大(現・八戸学院大)では1年春からレギュラー。同期に楽天・青山。4年には大学日本代表で日米大学野球の4番を務め、首位打者となる。大学通算27本塁打。05年大学・社会人ドラフトで横浜(現DeNA)から3巡目指名を受け入団。現役時代のサイズは182センチ、84キロ。右投左打。プロ通算210試合、打率2割2分0厘、6本塁打、39打点。

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