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頑張れ、稲葉ジャパン!同級生の法大・青木久典監督が見た新監督・稲葉篤紀という男

2017年11月15日11時0分  スポーツ報知
  • 法大グラウンドで同級生・稲葉監督との思い出を語った青木監督
  • 宮崎合宿初日、西武・山川(右)と話をする稲葉監督

 「ENEOS アジアプロ野球チャンピオンシップ 2017」が16日に東京ドームで開幕する。2020年東京五輪での金メダルを目指し、侍ジャパンの新監督に就任した稲葉篤紀監督(44)の初陣でもある。大学の同級生で4年生では稲葉監督とともに副将を務め、現在は母校・法大の監督を務める青木久典監督(44)が稲葉監督の素顔を語った。

 稲葉監督に初めて会った時の衝撃を青木監督は今でも鮮明に覚えている。高校3年の夏だった。「初めて会ったのは法政のセレクションの時でした。どんなバッティングをするのかなと見ていたら、彼はスコン、スコンとホームランを打って。当時の外野のネットを軽々と超えてました。上には上がいるなと思って…。僕は金属バットでしか練習していなかったので、(木製バットでは)内野の頭を越えるのが精いっぱいで、守備で目立つしかないなと頑張りましたよ」。

 稲葉監督の中京(現中京大中京)と、青木監督の三重は同じ学校法人「梅村学園」が運営する兄弟校だ。「毎年、創立記念日に定期戦をやるんですが、3年の時は雨で中止だったと思います。セレクションで中京のユニホームを見て親近感を持って話しかけました。お互い人見知りだったので、他の選手には声をかけられなかったですね」まるで昨日のことのように当時を振り返った。

 1年から試合に出ていた稲葉監督は同期にとって期待の星でもあった。「平和主義者で威張ることもないし、野球に対して純真で真面目。人一倍練習するし、みんな応援していましたね」。それでも試合中、稲葉監督にものすごい形相で叱られたことがあるという。「3年の時ですね。彼が一塁で、私が二塁を守っていた時に、ライトの方が後逸されたんですね。外野まで追っていって稲葉に送球したんです。確か打者走者は三塁に止まって点は入らなかったと思います。でも私のプレーが緩慢に見えたんでしょうね。ベンチに帰ったら真顔で『しっかり追いかけろ、しっかりせえや』と言われて謝りましたよ」。

 大学生だった稲葉監督の“すごさ”は野球だけではなかった。「休みの日に同期で連れ立って静岡・下田の海に行ったんですよ。最初は砂浜で野球とかしていたけど、午後になったら自由行動で…。彼は格好いいから、女性がすぐ寄ってきて…。また、知り合いが女性との食事会を企画するじゃないですか。今で言う合コンですね。でも彼が来ると僕らは太刀打ち出来ない。全部持って行っちゃう。顔も良くて背も高くて…。そのうち、『稲葉が来るなら俺らはもういかない』ってなりましたよ」と笑顔で豪快エピソードを明かしてくれた。

 30代に入り、日本石油(現 JX―ENEOS)に進んだ和田広幸主将と、3人で食事する機会が増えた。「打撃技術も聞いたのですが、ものすごくレベルが高すぎて…。(守備につくとき)全力疾走してバテないの?って聞いたら、『あれはトレーニングを兼ねているんだよ』って言っていました。9イニングだから往復で18本ですよね。そういう心構えは、指導者として、選手に伝えています」。

 青木監督が率いる法大は今秋、東大に連敗し、勝ち点を落とした。失意の青木監督の元に、稲葉監督から電話があった。「大丈夫か? 俺らも勝ち点を落としたよな」。2人が3年生だった1994年秋以来の、東大への勝ち点献上だった。「大丈夫じゃないよ」と返した青木監督だが、同級生の気遣いに胸が熱くなった。「根底には法政野球部が気になるというのはあるのでしょうが、同期として気にかけてくれて連絡をくれて救われましたね」。

 カテゴリーは違うものの、同じ監督を務める。「日の丸を背負うわけだから、簡単に頑張ってとは言えないですね。今後の底辺拡大につながるし大事な時期じゃないですか。良く引き受けたなと思いますし、東京五輪で金メダル取ってもらいたいし、取れると信じています。自分も大学野球でしっかり結果を出さないといけないと思っています」。

 今回の侍ジャパンには、青木監督の富士大監督時代の教え子がいる。山川穂高(25)、外崎修汰(24)、多和田真三郎(24)の西武トリオだ。青木監督は山川のプロ入りと時期を同じくし、富士大を離れ、母校・法大へと移ったが、沖縄、青森に何度も出向き“スカウト”し、猛練習を課して鍛え上げた3人だ。

 「稲葉監督から電話があって、『ヒサの教え子、選んだよ』って言われました。山川には『俺の同級生に恥をかかすなよ』と激励しておきました」。お互いの名前から、ヒサ、アツと呼び合う。親友のアツこと稲葉監督の初陣での采配とともに、親友が率いるチームで躍動する教え子の姿を楽しみにしている。(コンテンツ編集部・高柳 義人)

 ◆青木 久典(あおき・ひさのり)1973年2月16日、三重生まれ。44歳。三重高では主将を務め、3年春のセンバツに出場。1回戦の神戸弘陵戦では9回1死から同点3ランを放ち、逆転勝利。準々決勝で北陽に敗れ8強。法大に進学後、2年春にリーグ戦初出場、4年では副将を務め、にリーグ優勝を果たした。95年に北海道拓殖銀行に進むが、96年にたくぎん野球部が休部となり、本田技研鈴鹿に移籍、99年からサンワード貿易でプレーし2004年に現役を引退。05年から富士大でコーチを務め、08年秋に監督代行。09年には大学選手権に出場し、母校・法大に決勝で敗れたものの準優勝となった。14年から法大の助監督となり、15年に監督に就任。

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