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広島・広輔&巨人ドラ5・俊太、田中兄弟の父・正行さんの仰天指導法

2017年12月26日16時0分  スポーツ報知
  • 広島・田中広輔(左)と巨人・田中俊太
  • 新入団発表で写真撮影をする巨人・田中俊太(右から2人目)
  • セ・リーグのベストナインを受賞した広島・田中広輔〈後列左端)

 巨人にドラフト5位で指名された田中俊太内野手(24)=東海大相模高―東海大―日立製作所=は、セ・リーグのベストナイン、最高出塁率賞者・最多盗塁者賞の広島・田中広輔内野手(28)=東海大相模高―東海大―JR東日本=の弟だが、2人の間の次男で現会社員の洋平さんも東京・日大三高時代はレギュラー捕手として活躍した。

 3人に幼少時から野球を教えたのは父・正行さん(57)。東海大相模高時代は俊足強打の遊撃手として鳴らし、1年時は2学年先輩の原辰徳・巨人前監督と寮で同室だった。強豪野球部の先輩といえば厳しく近寄りがたいイメージもあるが、正行さんによると「原さんはとても気を使う人で、自分がケガをしたときは布団まで敷いてくれた」という。

 正行さんの強打ぶりは「飛距離は先輩の津末(英明=元日本ハム、巨人)さんにも負けなかったくらい」だったが、「練習のノックでボールに飛び込んだときに左肩を痛め、それから打てなくなりましたね」と悔しそうに振り返る。プロの道は諦め、卒業後は神奈川・座間市役所に就職して、そこでも野球部で大活躍。全国レベルの大会にも出場し「六大学野球の出身者も多かった」という強豪チームと激闘を繰り広げた。

 小学生に野球を教えるようになったのは2001年秋、小学6年の広輔がボーイズリーグ(硬式)の相模原イーグルスに入団したのがきっかけだった。04年に同チームの監督に就任し、俊太が在籍した06年と、翌07年の春には全国大会4強の成績を残した。現在は同チームの中学部コーチで務めている。

 当時の小学生への指導法は、今もチームで語り草だ。「大きな夢を持って入ってきているのに、ちまちました野球を教えても仕方がない」とバントは一切教えず、打撃練習はトスしたボールをフルスイングで遠くへ飛ばす“ロングティー”ばかり。「審判に『ストライク』のコールをさせないくらい、いい球はどんどん打っていけと言いました。三振しても空振りならほめてあげた」

 野球に取り組む姿勢はストイックだが、ゲンも担いだ。「試合の前日はグラブは磨いて枕元に置いて寝ること。そうすれば捕れそうにない球もグラブに入るかもしれない」と選手や保護者にすすめて、遠征先の球場などでは自ら真っ先に「ウンが付くように」とトイレを掃除したという。

 プロに進んだ息子2人の小中学生時代について「どちらも足が速かったが、自分と似てガツガツしたスタイルの広輔は体の使い方がうまくて馬力があった。俊太は柔らかくてスマートな感じ。だけど一生懸命やっているのに、そう見えなくてかわいそうだった」と“親心”も交えて懐かしそうに話した。

 今も座間市役所に勤務する正行さん。来年の夢は、巨人と広島の試合で兄弟対決を観戦することだ。(記者コラム・芝野栄一)

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