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松坂大輔が現役にこだわるワケ、中日テスト入団の背景にあるもの

2018年1月23日16時0分  スポーツ報知
  • 1998年8月21日、夏の甲子園、準決勝・明徳義塾対横浜 9回からの登板に備えてテーピングをはがし、気合のこもった表情の横浜・松坂大輔

 怪物は復活するだろうか。松坂大輔は甦るのだろうか。

 メジャーから日本球界に復帰して、3年間で1軍登板はわずか1試合。それも無残だった。国内復帰後初の1軍登板となった2016年10月2日。実に3648日ぶりに上がった1軍のマウンドで、怪物はもはや死んでいた。先頭打者から4連続四死球を与えるなど1イニング、39球、打者10人に3安打、5失点。だれもが終わったと思った。しかし、松坂には続きがあった。ソフトバンク退団、そして、中日にテストを受けてまで入団…。

 なぜ、そこまで現役にこだわるのだろう。3年12億円で契約したソフトバンクで、1軍での1球単価は3000万円だったことになる。ファンからは辛辣な言葉が投げかけられ、そんな言葉が耳に入らなかったわけがない。「ファンの方々や球団には申し訳ない気持ちしかない」と言葉少なに話し、これからの復活マウンドでの贖罪、恩返しが現役続行の理由の1つになったのかもしれない。意地、執念。最後のあがき。しかし、違う。復活への「確信」が、彼のなかだけに、あるのだ、間違いなく。

 松坂は「夢」という言葉を嫌う。使わない。「見ることは出来ても、叶わないのが夢だから」と、レッドソックスの入団会見でも語った。夢を見るのではなく、見る時間があるなら目標を立てて、それに向かって努力する。「目標がその日その日を支配する」。横浜高校の野球部・渡辺元智元監督から授かった言葉は怪物の行動原理であり、思考回路にもなっている。

 「僕は、メジャーリーガーになりたいと思ったことは一度もありませんよ。なりたい、じゃなくて、なるんだ、と。なるために、何が足りないのか、何をすればいいのか、そう考えてずっとやってきましたから」

 大リーグ移籍1年目の取材で、こんな言葉を何度も聞いた。今の松坂ならば、こうなるのだろう。

 復活したい、ではなく、復活する。必ず、復活する。そのために、やるべきことは何なのか。やって、やりつくして、ダメならユニホームを脱ぐ。

 復活する「確信」が彼のなかにあるからこそ、目標に向かって突き進める。外野からの辛辣なヤジも、ネガティブな憶測も、だから封印できる。

 道のりは険しいだろう。松坂と同じように、かつて、移籍した新天地での最初のオープン戦で右肩を痛め、復活できなかった男は言う。「肘ならば痛くても何とか投げられる。でもね。肩だけはね。どうにもならない」。Gキラーで鳴らしたヤクルトの元エース・川崎憲次郎がたどった終着駅も中日だった。「肘痛はごまかしてもそこそこ投げられる。でもね。肩は、よしっ、大丈夫、という感触をつかんでも、長続きしない。ダイスケも苦しいとは思う。でも、頑張って欲しい」と、立場が分かるからこそ、エールを送る。

 周囲の予想や期待を、松坂はことごとく覆してきた。だから怪物と言われる。98年夏の甲子園。準々決勝でPL学園と延長17回、250球を投げきって勝ち、「明日はもう投げれません」と言った準決勝で2点ビハインドの9回にリリーフ登板。逆転サヨナラ劇を呼び込み、翌日の決勝戦でノーヒットノーランの快挙V。信じられないことを球史に刻んできた男は、あの準決勝で、マウンドに向かう際、右肘に貼っていた痛々しいテーピングを鬼の形相ではがしとり、それが翌日のスポーツ報知の1面を飾った。その後、プロに入ってから、あの場面を振り返りながら話したことがある。

 「はっきり覚えてますよ、あの場面は。だって、あのテーピングを外す時、どの角度からだったらいい画(え)になるか、考えてましたもん」

 そんな冷静な客観的な目も怪物は持っている。自分自身を俯瞰(ふかん)して見ることができる第三者の視点がある。復活したい、ではなくて、復活する、と決めた怪物を、もう1人の怪物が見ていてテストして、太鼓判を押したから現役にこだわる。だから、思うのだ。入団1年目に、イチローと対戦して3打席連続三振に抑え、試合後のヒーローインタビューで発したセリフを、もう一度、松坂が言うはずだと。

 「(完全復活の)自信から確信に変わりました」

 (記者コラム・佐々木 良機)

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