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「サッチー、ごめんな」ノムさんがこぼした、忘れられない雨中の至福の時間

2018年2月20日16時0分  スポーツ報知
  • 野村克也氏(中央)と記念写真を撮る(左から)長嶋茂雄巨人軍終身名誉監督、張本勲氏、ソフトバンクの王貞治球団会長(カメラ・竜田 卓)
  • 久々の再会に笑顔を見せる森祇晶氏(左)と野村克也氏

 2月10日に宮崎で開催された、巨人軍宮崎キャンプ60周年とホークス球団創立80周年を記念して行われた「ジャイアンツVSホークスOB戦」を取材した。私たち報知新聞のカメラマンは試合前のベンチ裏の撮影が許可され、私はホークスの総監督を務めた野村克也氏の控室に入る機会に恵まれた。

 往年の野球ファンにとって、当時声援を送った往年のスタープレーヤーたちが当時のユニホームでそろう夢のような舞台。野村さんは、23年間袖を通した南海のユニホームを見ながら「このユニホームは大嫌いなんだ。サッチー、ごめんな」と、当時話題をさらった自身の監督解任時をネタに笑わせた。

 1977年、当時愛人関係だった沙知代夫人が、野村さんが指揮をとるチーム運営に口を出したとして野村さんはシーズン途中で南海を去ることに。「野球と女(沙知代夫人)どちらか選べ」と問われ「女(沙知代夫人)をとる」と野村さんが発言したのは有名な逸話だ。野球を捨てる覚悟で生涯愛し続けた沙知代さんを昨年12月に85歳で亡くしたノムさん。控室での独特の野村節は健在だったが、沙知代さんの話題に触れると、小さくため息をつきどこか寂しそうな様子だった。

 沙知代さんがそばにいなくなり落ち込む野村さんを、再会に訪れた巨人軍の長嶋茂雄氏は気遣い、王貞治氏も雨模様に「試合ができるといいね。雨はどうなのかな」と語りかけた。巨人軍からのサプライズ訪問に野村さんの鋭い目つきも柔らかくなるのが分かる。私は3人の会話を遮ることないよう、特に表情に気をつけてシャッターを切った。

 森祇晶氏は盟友の野村さんと控室で30分以上歓談した。森さんが「まだ、(野球関係の仕事を)やっているの?」と話せば、野村さんが「まだまだ、働かなくちゃいけないの」と返す。絶妙なトークに撮影もそっちのけとなり2人の会話に引き込まれた。最後の記念写真で名捕手の2人は最高の笑顔をみせた。「この写真をあとでくれ」。私に頼んだ森さんは本当にうれしそうだった。

 33歳の私が知っているのは、これらのレジェンドが既に現役引退し指揮をとっていた姿ばかりだが、私のすぐ目の前で“ホンモノ”が再会に喜び、賑やかに言葉を交わす風景に興奮した。試合は雨脚が強くなり1時間以上遅れたが、その分、またとない選手たちの至福の時に少しでも長く立ち会うことが出来た。

 カメラマンがこの日撮影した写真は、合わせて数千枚にのぼった。その中から厳選され、OB戦の写真集として発売が予定されている。ファンのみならず、選手の方々には同窓会のアルバムのようにあの日を振り返ってもらえれば幸いだ。(記者コラム・写真部 竜田 卓)

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