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「ファッションモンスター」を聴くと思い出す、西武・秋山翔吾が悔しさをかみしめた夜

2018年3月12日17時0分  スポーツ報知
  • 13年8月18日の西武サヨナラ勝ちを報じる、翌日付のスポーツ報知

 音楽には記憶を呼び覚ます力がある。例えばそのメロディーとともに過ごした日々の情景を、一瞬で思い出すというふうに。

 エンゼルス・大谷翔平がオープン戦で打席に入る際の「出囃子」に、きゃりーぱみゅぱみゅの「ファッションモンスター」が爆音で流れたという。

 私はこのサビを聴くたびに、西武・秋山翔吾の悔しげな表情が脳裏をかすめる。「ええっ~」という所沢のファンの、大きな戸惑いの声とともに。

 今から5年前の2013年8月18日、熱帯夜だった。渡辺久信監督率いる西武はBクラスの4位と苦戦していた。

 この夜の楽天戦も敗色濃厚だった。最大4点リードも、中継ぎ陣が崩壊。7回には岡本洋介が松井稼頭央に同点弾を被弾し、8回には左腕のウィリアムスがマギーに勝ち越し3ランを浴びた。

 8回裏。2死一、二塁のチャンス。5番・秋山の場面で「事件」は起きた。

 「ファッションモンスターぁぁぁ~」

 大音量だった。本来なら秋山の登場曲であるブルーハーツの「人にやさしく」が流れる場面で、右打者・スピリーの出囃子が鳴り響いたのだ。マウンドには左腕・長谷部康平。指揮官は左投手に対して、右の代打の起用を決断した。

 秋山はプロ3年目の25歳。開幕からチームで唯一フルイニング出場していた。それでも8月は不振にあえいでいた。ピンチヒッターの助っ人は見逃し三振。すべてが裏目に出た。

 「代打・スピリー」が告げられた瞬間、私は西武ベンチを見た。筆舌に尽くしがたい悔しさを内包し、歯を食いしばる背番号55がいた。

 試合は西武が3点ビハインドの9回、1点差に迫ると、栗山巧の逆転2点打でサヨナラ勝ち。両軍32安打の壮絶な打ち合いを制して、12-11で2夜連続のサヨナラ勝ちを収めた。私は秋山が気になっていた。試合後の駐車場で出待ちし、「代打・スピリー」が告げられた瞬間の心境を尋ねた。秋山は1年目から、活躍した時でなくても、誠実に取材へと応じてくれた。無言で球場から立ち去りたいであろうこの夜も、問いかけに言葉を紡いでくれた。

 「代打を出されたのは結局、自分のせいだと思います。もっと信頼されなくちゃいけない。まだまだです」

 秋山はこの年、全試合に出場。ゴールデン・グラブ賞も獲得した。華々しい活躍を幾度も見てきたが、代打を告げられた時の鬼の形相は、5年経った今でも忘れることができない。

 一度つかんだレギュラーの座は、絶対に渡したくない―。それは「プロ野球人・秋山翔吾」の矜持が垣間見られた瞬間だった。それから2年後の2015年にはNPB新記録となる216安打を達成するなど、その後の活躍については触れるまでもないだろう。

 開幕が近づく。若手の「お試し期間」も終わり、各チームはさらに「3・30」を見据えたベストメンバーでオープン戦を戦っていく。長いシーズン、思いがけない起用を言い渡されることがあるかもしれない。そんな時、悔しさを真っ正面から受け止め、自らの肥やしにして、飛躍へのきっかけにすることができるか。あの夜の秋山の表情からは、私も多くのことを学んだ。

 ちなみにスピリーはその年限りで戦力外となったが、ベックなどオルタナ系の音楽を愛するなど、なかなか趣味のいい聴き手だった。「ファッションモンスター」も自ら選んだと話してくれて、中田ヤスタカの作る音楽は国境を越えて愛されるのだなと感心した。元気でいるだろうか。あの蒸し暑い所沢の熱帯夜を、思い出すこともあるのだろうか。(記者コラム 野球デスク・加藤 弘士)

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