【中日】松坂の覚悟!新人並み年俸でも「ホッとしています」22球でテスト合格

スポーツ報知
入団テストに合格した松坂。室内練習場の壁には取材を受ける右腕と報道陣の影が浮かび上がった(カメラ・石田 順平)

 昨季でソフトバンクを退団した松坂大輔投手(37)の中日入団が23日、決定した。ナゴヤ球場の屋内練習場で入団テストを受け、即日で合格。背番号は「99」に決まった。年俸1500万円プラス出来高で再スタートを切る“竜の松坂”は、開幕ローテ入りを目標に掲げ、去就が未定で中日が獲得を目指すイチロー外野手(44)=マーリンズからFA=にラブコールを送った。

 ボールがミットを叩く小気味よい音が響いた。松坂は屋内練習場のブルペンで捕手を立たせ、変化球も交えて22球。報道陣をシャットアウトして実施された入団テストを終えると、森繁和監督(63)から「着替えてしっかり会見をやってこい」という遠回しな表現で合格を通達された。

 「まずは第一段階。ホッとしています。十分に投げられますというのは伝わったかな。(開幕ローテ?)それはやっぱり目標を持ってやりたいです」。会見を終えると、ただちに統一契約書にサインした。

 2015年8月に手術するなど右肩の不調に苦しみ、ソフトバンクでは3年間で1軍登板は1試合のみ。復活の舞台は名古屋に移る。松坂は愛知出身の“戦友”に共闘を呼びかけた。イチローと僚友になりたい気持ちを問われ「もちろんあります。対戦したい気持ちと、同じチームでプレーしたい気持ちと両方」と夢を描いた。06、09年WBCで侍ジャパンを連覇に導いた両輪。再び同じユニホームを着るとなれば、これほどのインパクトはない。

 背番号は「99」 足したら「18」 背番号は球団から空いている「20」と「99」を提示され、後者を選択した。理由は侍ジャパンでも背負った代名詞「18」への断ち切り難い思いだ。「個人的には若い番号の方がいいが、今の僕が20をつけるべきでない。ドラゴンズの中でふさわしい投手が出てくるべきだと思った。残った99は、ベタなことを言うと、足したら18。何か意味があるんじゃないかと思った」。指揮官も「苦しんで苦しんだんだから99」と表現した。

 ソフトバンクからは現役復帰の道を残した上で、リハビリ部門のコーチ就任を打診されたとみられるが、退団を選択した。年俸は4億円から1500万円に。一般的にはドラフト1位で入団する大学生、社会人と同じ額だ。育成選手を除けば減額率96%はプロ野球史上最高となる。日本円での最高年俸は08年Rソックス時代の8億8000万円(800万ドル=レートは当時)。10年を経て8億6500万円も減った。「プロ野球選手として、プレーできる場所がないとどうにもならない。その気持ちだけ」と話す顔もすがすがしかった。

 春季キャンプの1軍スタートも決定した。仮にイチローがキャンプインの2月1日になっても去就が決まらず、生き生きした表情の松坂を画面越しに見たときに何を思うのか。松坂の存在が、さらなるスーパースターを招き入れる呼び水になるかもしれない。(田中 昌宏)

 ◆松坂 大輔(まつざか・だいすけ)1980年9月13日、東京都生まれ。37歳。横浜高の98年甲子園で史上5校目の春夏連覇を達成。同年ドラフト1位で西武入団。99年から3年連続最多勝。2006年オフにポスティングシステムでRソックス入りし、08年に日本投手最多の18勝。13年途中にメッツに移籍し、15年にソフトバンクで日本球界復帰。第1、2回WBC(06、09年)でMVP。日米通算成績は164勝103敗2セーブ、防御率3・49。183センチ、93キロ。右投右打。

 ◆松坂とイチロー 西武のルーキーだった99年5月16日(西武D)にオリックスのイチローと初対戦。3打席連続三振を奪った松坂が「自信が確信に変わった」とコメントを残し、ライバル対決が幕を開けた。Rソックスに移籍を決めた06年オフに対戦したい打者として、メジャーのスラッガーではなく「イチロー」と即答するほど、闘志を燃やした。06、09年のWBCではともに日本代表として戦い、世界一に貢献。自宅にイチローグッズを置いた特別な部屋をつくるほど、憧れの存在だ。日本での通算対戦成績は34打数8安打の打率2割3分5厘、1本塁打。米国では27打数7安打の打率2割5分9厘。

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