ビートたけし、1964年東京五輪では「酷い目にあったんだよね」

2018年1月3日8時0分  スポーツ報知
  • 2回の東京五輪について語ったビートたけし(C)フジテレビ
  • 剛力彩芽(中)と「バナナマン」設楽統、日村勇紀(C)フジテレビ

 タレントのビートたけし(70)が、4日に放送されるフジテレビ系バラエティー番組「奇跡体験!アンビリバボー2018 新春3時間SP~東京オリンピック1964を陰で支えたメダルなき日本ヒーローたち~」(木曜・後7時)で、1964年と2020年の2つの東京五輪について語ることになった。

 超常・怪奇現象から奇跡の物語までアンビリバボー(信じられない)なストーリーを紹介する番組。ストーリーテラーを務めて20年となるたけしは、1964年の東京五輪には「いい思い出ないなぁ」と告白。当時、自宅が環七道路の建設予定地にあり「親父がお金が入ると言われて、毎晩酒飲んで宴会騒ぎしていたら、2メートル先に道路が通っちゃってね」と夫婦ゲンカの火種に。「土地が売れた人はお洒落なレストランとか始めてお金持ちになっちゃって、こっちは酷い目にあったんだよね」とぼやいた。

 2020年の東京五輪では「100メートルとか陸上競技がみたいな。ボルトの後に誰が出てくるのか」と期待するたけし。開閉会式の演出家にとの声もあったが、山崎貴氏ら複数の専門家チームが手掛けることになった。「俺もずっとうわさがあったけど、誰も俺にコンタクトを取らないんだよね」と切り出し、「宇宙船で入場とか見事な演出だったのになぁ。座頭市の点火式、火薬でドーンなんて、過激な演出を言い過ぎちゃったかな。ボロクソに言う準備しておかなきゃ」と笑わせた。

 放送では、1964年の東京五輪開催に向けた影の立役者にスポットを当てる。華やかなビッグイベントの陰で、出場国の国旗をそろえた当時20歳の大学生や、9日に前に全線開業にこぎ着けた高速道路開通に奔走した男たち。全世界に向けた衛星中継に渾身(こんしん)の力を振り絞って闘った、“メダルなきヒーローたち”の姿を、ドキュメント取材、貴重な映像や当事者たちのインタビューで振り返る。

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