渡部愛女流二段、地元で迎える初タイトル戦で「恩返ししたい」

スポーツ報知
昨年12月、地元の十勝川温泉で足湯につかる渡部愛女流二段の秘蔵ショット(本人提供)

 第29期女流王位戦挑戦者決定戦が14日、東京都渋谷区の将棋会館で行われ、後手番の渡部愛女流二段(24)が140手で清水市代女流六段(49)に勝ち、初のタイトル戦出場を決めた。5月に開幕する5番勝負で里見香奈女流王位(26)に挑む日本女子プロ将棋協会(LPSA)のヒロインは、「ようやくスタート地点に立てた気持ちです」と前を見据える。

 いよいよ大舞台に躍り出る渡部が、朗らかな声を弾ませる。「タイトル戦という場所に立つことがずっと目標でした」。目標ではあり続けたが、夢ではない。「ようやくスタート地点に立てた気持ちです」。ゴールではない。夢に向かって駆け出すための号砲は、これから鳴るのだ。

 大勝負で伝説を超えなくてはならなかった。6人ずつ2組に分かれる女流王位リーグの優勝者同士が争う挑戦者決定戦は、史上最多のタイトル獲得通算43期を誇るレジェンド・清水女流六段との全勝対決になった。「尊敬する大先輩ですけど、私には失うものはないので思い切り指そうと思いました」。形勢不明の局面が終盤まで続く難解な一局に。「何を指せばいいか全然分からない局面が何度もありました」。苦しみながら、最後の最後に激戦をものにした。

 生まれは北海道帯広市。小学2年時の雪深い冬、体育でスピードスケートを滑る以外は室内で遊ぶことが多い環境で将棋と出会った。「担任の先生が教えてくれて、回り将棋(駒を用いたすごろくのようなゲーム)から始めたんですけど、とっても面白かったんです」。ルールを覚えた日から、冬は退屈な季節ではなくなった。そして気がつくと、春も夏も秋も将棋盤に向かう自分がいた。「でも、やっぱり平昌五輪ではスピードスケートが気になりましたよ。あ、でもカーリングも…。私は『そだね~』より『だべさ』とかを使いますけど(笑い)」

 中学2年時に女流アマ名人戦で準優勝するなど早くから頭角を現し、高校卒業後に上京。将棋連盟から分離独立したLPSAに縁があり、一般的な将棋連盟所属女流棋士とは異なる道を選んだ。

 2012年にLPSAの規定を満たして女流棋士になった…はずだったが、連盟は資格として認定せず、連盟主催棋戦への出場を認めなかった。「もちろん当時はいろんなことを思いましたけど、あの頃があったから今があると思ってるんですよ」

 壊れそうな心を支えたのは一枚の年賀状だった。10年2月に48歳で急逝した恩師で北海道将棋連盟常務理事の新井田基信さんから同年正月に送られたハガキには、「強くなれ。強くなれば道が開ける」と記されていた。「額に入れて自宅に大切に飾ってます。今でも毎日見ています」

 13年、連盟は特例で女流棋士として認定。念願のデビューを果たして以降、安定した活躍を続ける。「もっともっと将棋のことを深く知りたいんです」。数多くの実戦をこなすことに加え、最近では将棋ソフトを用いた研究も導入。ある局面を一人きりで考え続ける時間を大切にしている。

 初めてのタイトル戦で挑む高峰は、過去に一度も盤を挟んだことのない女流5冠の里見だ。「強いとしか言いようのない方なので、指すことで自分も何かを吸収したいです」

 5月9日、開幕局は地元・北海道で迎える。「自分にとって大きなことなので、ずっと応援してくださっている方々の前で恥ずかしくない将棋を指して、恩返しになるようにしたいです」。苦しんだ時期があったからこそ、「恩返し」の言葉には、素直な思いが込められている。(北野 新太)

 ◆渡部 愛(わたなべ・まな)1993年6月26日、北海道帯広市生まれ。24歳。北海高卒。13年デビュー。15、16年にYAMADA杯連覇。17年、世田谷花みず木女流オープンと白瀧あゆみ杯で優勝。昨期の女流名人リーグ(主催・報知新聞社)では5勝4敗で残留。藤井聡太六段に勝利した三枚堂達也六段を公式戦で破った経験も。趣味は料理。居飛車党。

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