TOKIO松岡昌宏、求めていたぶっ飛んだもの 全編女装の家政夫、1年半ぶり復活

スポーツ報知
vol・16

 TOKIOの松岡昌宏(41)が主演するテレビ朝日系ドラマ「家政夫のミタゾノ」(金曜・後11時15分、一部地域を除く)が、20日からスタートする。一昨年10月期に放送され、1年半ぶりの復活。全編女装の家政夫は、数年前から自身で求めていたぶっ飛んだキャラクターだけに、続編に喜びはひとしおだ。グループとしては来年デビュー25周年。さらに「フラッグツアー」のアンバサダーを務める2020年の東京五輪・パラリンピックを心待ちにしているが、将来的な「引退論」まで語った。

 女装の訳あり家政夫・三田園薫を演じた松岡主演の「―ミタゾノ」は、「金曜ナイトドラマ」枠では現在までの1年半で最高となる全話平均7・66%の高視聴率を記録し、続編が決まった。

 「演者として、こんなにうれしいことはない。『―ミタゾノ』をもう一回やりましょうって言ってくれて、(続編が)発表された後に『またやってくれるんだ』という意見を聞くと、本当にうれしいですね」

 視聴率だけでなくキャスト、スタッフとのチームワークを含め、前作から手応えは十分。続編は当時から望んでいたことだった。

 「『これはこれで完結しましょうね』っていう作品もあるし『これは続編やりたいですよね』っていうのがある。『―ミタゾノ』は後者。前回の打ち上げで『またやりたいね、本当にやりたいね』とお別れした。もちろん続編を意識して(シーズン)1を撮っていたわけじゃなく、完全燃焼した。だからこそ2ができると思う」

 数々の作品に出演してきたが、今作への反響は特別なものだった。

 「『怪物くん』(10年、日本テレビ系)でデモキンという役で扮装(ふんそう)したものがあったけど、今回は街中で、子供とかおばちゃんとかから『三田園さんだ!』って。役名で声をかけられるのは初めての経験で、最初ビックリした。あえて、三田園になりきってリアクションしたりして、反響はすごくうれしかった」

 続編に臨むにあたり、メイクを終えて鏡に映った自分に思わず「おかえり!」と声をかけた。全編女装で臨むドラマ。シーズン1のときから、オファーに驚くどころか、待ち望んでいた役柄に心躍らせた。

 「女装ではなく違う感じのことを言っていたけど、ずっと周りに、そういうものをやりたいと言っていた。それで『そういえば、あんた、そういうことを言っていたわよね。こういうのどう?』って来たのが『―ミタゾノ』。ぶっ飛んだものが欲しかった。ディテールは違ったけど、最高だなと」

 今年1月に41歳になった。ぶっ飛んだ役柄を求める背景に、30代半ばに今後に向けて自分を見つめ直した経験があった。

 「5年ぐらい前からかな。今、何ができるのかな、もうちょっと自分に振り幅が欲しいなと思い出したのかな。役者っていろんなものができた方が面白いし、こういう“飛び道具”が欲しかった。だから、自分が思い描いていたものが形になって、それに対して反響があるというのは願ってもない話。そこを目指してやってきているから」

 不惑を超えた今からが勝負と考えている。

 「もともと、早く40歳になりたかった人だから。野郎は、40から55の15年間、もっと言うと、60歳までの20年間が勝負だから。そのための20代、30代の20年。キザな言い方すると、畑を耕して、やっと芽を出すのが40から。それまでにどういった土を作る、どういった種を調達できるのかとか。そういう作業を、僕の場合は(ジャニーズ事務所入所から)約28年かけてやって、やっと動き出したと思っている」

 その中で、最近になって精力的に挑戦しているのが舞台だ。3月には中村獅童(45)と共演した「江戸は燃えているか TOUCH AND GO」(作・演出=三谷幸喜)に出演。9月には、5年ぶりに共演する草笛光子(84)と2人芝居「新・6週間のダンスレッスン」に挑む。

 「(30代までを振り返り)まず当たり前のことだけど(世間に)『松岡』という名前を良くも悪くもでいいから覚えてもらいたかった。僕もオリジナリティーの強い人が好き。20年間、髪の毛を立て続けた。今の若い子たちの名前を全員言えるか?っていうと、言えない。ウチの後輩も。それが嫌だった。まずは有名人にならないと。おばちゃんに『松岡くん』って呼ばれるようになってから、舞台をやらせていただこうと思っていた」

 年齢を重ねながらも、がむしゃらにもがき続ける生きざまは先に見据えるものがあるから。引退だ。

 「きちっとリタイアできる人生を送りたいと思っている。今の定年って60歳? 65歳? だから、60歳ぐらいで。リタイアって芸能界を辞めるわけじゃなく。年を取った時にバタバタしないで、昼から酒でも飲んで、楽しい老後を過ごしたい。いい仕事があったら『いいね』って。僕は必ず一日一回、死のことを考えるようにしている。人なんて、いつ死ぬか分からない。長生きしたい、短く生きたいって、どっちも思わないけど、いつ死んでも悔いないようにというのが一番」

 TOKIOは、11月に長瀬智也(39)が誕生日を迎え、5人全員が40代となる。

 「あと2年後にリーダー(城島茂)が50代になるけど(笑い)。まあでも、その中で、その時のTOKIOがある。力を入れることもなく。20周年(14年)以降、当たり前にあるTOKIOというのが幸せなんだなと、つくづく思う。20年できたことに、まず感謝」

 グループは来年、25周年を迎える。毎年のようにCDは発売しているが、ライブは20周年以降、遠ざかっている。

 「うれしいことに、そうおっしゃってくれる人がいる。でも、僕らはいつも『あ、そうだね』というところから入る。10周年は、それに向けてというのがあったけど。メンバーでよく言うのは、今は、それだけ付いてきてくれた方々にありがとうという気持ちで、じゃあ何かを、っていうところから生まれていることが多い。25周年を僕らから謳(うた)うことはない」

 メモリアルイヤーに特別な感情を抱くことはないが、機運の高まりは感じている。

 「それぞれの“持ち場”があって、ペースがある。『TOKIO、そろそろどうしますか?』って、5人だけで話すのは、年に2、3回は必ずやっている。もちろん、お待たせしちゃって申し訳ないところもあるけど、やっちゃいけないのは、25年だからどうしても、何としても(やらなきゃ)みたいなこと。やっぱりパワーがないと動きは止まる。自然とみんなそれぞれのメーターが上がってきたね、じゃそこに行きましょうかって、自然にGOが出る。現実問題、スケジュール押さえもあるから。今は匂い出している時ですね」

東京五輪を心待ち 25周年の先には、2020年の東京五輪・パラリンピックがある。グループ名は世界を意識して、外国人の「東京」の発音に由来する。名前にふさわしい「フラッグツアー」のアンバサダーという大役を務めるが、自然体のまま、世界的なイベントを待ち望んでいる。

 「長野五輪はあったけど、まず(夏に)自分の国で開催されることは経験したことがないから。もちろん、きちっと(アンバサダーの)役目は果たすけど、個人的にどんなもんなんだと。五輪はスポーツの祭典だから、選手には頑張ってもらいたいけど、それは俺たちが言うことじゃない。僕らからすると、五輪で起こるさまざまな周りがどうなのかなと。はやり物、風潮、また土地の動きはどうなるのかと。いろいろ変わるでしょ。何かが動くと思う。そういうことを含めて興味があるし、楽しみにしたい」(ペン・畑中 祐司)

 ◆松岡 昌宏(まつおか・まさひろ)1977年1月11日、札幌市生まれ。41歳。89年にジャニーズ事務所に入所し、Jr.時代は少年隊やSMAPのバックダンサーを務める。90年「愛してるよ!先生」(TBS)でドラマデビュー。5人組バンド「TOKIO」でドラムを担当。94年9月「LOVE YOU ONLY」でCDデビュー。同年、史上最短デビュー3か月でNHK紅白歌合戦に出演。ソロとしてもCM、ドラマ、バラエティーで活躍。身長181センチ、血液型A。

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