月亭八方、「『破天荒』を調べてみたら、まさに師匠」月亭可朝さんお別れ会

スポーツ報知
祭壇にはトレードマークでもあるカンカン帽にちょびヒゲの遺影が飾られた

 落語家の月亭可朝(つきてい・かちょう、本名・鈴木傑=すずき・まさる)さんのお別れの会が24日、大阪市内で行われ、桂きん枝(67)、桂米団治(59)、立川談春(51)らゆかりのある落語家ら約70人が出席した。

 会場には、トレードマークでもあるカンカン帽にちょびヒゲと丸メガネ姿の可朝さんの遺影が飾られ、1969年にヒットしたコミックソング「嘆きのボイン」が流れた。会を取り仕切った弟子の月亭八方(70)は、68年に可朝さんに弟子入りした当時を振り返り「花月の舞台に出てきて何をするんやろなと思ったら、座布団に寝転がって『イヤ、ホンマ』だけで15分。なんとすごいんやとほれ込んで、最初はおっかけみたいな感じでした」と話した。

 可朝さんは、従来の落語家の枠に収まらない型破りな生き方で周囲を驚かせてきた。「師匠は『人生はバクチ場や』と言っていた。みんな負けるとバクチをしなくなるけど、やっている最中は負けじゃない、やめた時に負けが決まるんや」と独特な人生観を明かしたという。79年に野球賭博容疑で逮捕された際も「バクチをやるヤツは、欲深いかアホか、そのどちらか。自分は両方やから始末が悪いんや」などと話していたという。

 08年には元交際相手の女性にストーカー行為を繰り返したとして逮捕されるなど、トラブルが重なったが、八方は「あれも、僕は女性に訴えるように頼んだんちゃうかと思ってるんですよ。それに皆さん(報道陣)が乗っかった。当然のように高座ではネタにしてましたから」と振り返り、可朝さんの波乱に満ちた人生に「『破天荒』を調べてみたら、まさに師匠のこと。あえて人と違うことをしたがる。新しい落語の見せ方をされた」と話した。

 弟弟子の米団治は「私がオギャーと生まれた時からお世話になった。当時は車を持っている人も少なくて、初めて車に乗せてもらった。『六甲山に行こうか』と言って(可朝さんの)膝の上に乗って運転した」などと幼い頃の思い出を振り返り、「今ごろはうちのオヤジ(米朝さん)と向こうでバクチをやっているんじゃないですか」と話した。

 また、談春は「今日を生きる落語家にとって、落語の本道とは何かということを教わった数少ない落語家でした。バクチのイメージが強いでしょうが、落語のプロなら誰もが分かっているが、すばらしい技量をお持ちだった。談志にないものを補って下さった方」と、師匠の立川談志さん(11年死去)を通じて親交のあった可朝さんに感謝した。

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