日本劇作家協会会長・渡辺えり「作家は孤独。“書く勇気”生まれる場にしたい」

スポーツ報知
日本劇作家協会の新会長に就任した渡辺えり。協会への思いを語った(カメラ・頓所 美代子)

 劇作家で女優の渡辺えり(63)が、一般社団法人「日本劇作家協会」(会員数556人)の新会長に就任して約3か月たつ。初代会長の井上ひさしさん以来6代目のトップで、女性会長は永井愛さん(66)に続いて2人目。執筆だけで食べていけるのは一握りという劇作家の地位、生活向上は永遠のテーマ。四半世紀前の設立時を知る者として協会の存在意義や、会長としてどんな“かじ取り”をイメージしているのか聞いた。(内野 小百美)

 個性派女優、コメンテーターなど多方面に活動する渡辺の、本当のホームグラウンドは演劇だ。20代で岸田國士戯曲賞を受賞するなど早熟の作家として歩んできた。劇作家協会には、93年のスタート時から参加。16年から副会長を務め、今年3月に鴻上尚史氏(59)の後を受け、新会長になった。

 「若い世代にバトンを渡すまでの蝶番(ちょうつがい)的な存在になれば。不安定な時代に表現の自由も守らないと。私自身、劇作家と言いながらそれだけで十分に食べていってるわけではない。劇作家の生活向上のためにも、私ができることは何でもするつもりです」

 2人目の女性会長。「セクハラ問題が注目されている時期に私がなったのも、何かの巡り合わせ。文化、芸術の世界も平等なようで、まだまだ男性社会で、男性の意見が通りやすい。会員も女性と男性と同じくらいの数になれば。女性劇作家大会も開いてみたい」とイメージを膨らませる。

 かつての演劇界を回想する。「新劇、アングラ、商業演劇…芝居の世界のテリトリーがはっきり分かれていた。しかも互いを認め合わず、それぞれが秘密結社のよう。殴り合いのけんかも珍しくなかった。少しテレビに出れば『お前、身を売ったな』と言われたり。今のようなボーダーレスは想像できませんでした」

 協会がスタートした25年前を今も思い出す。斎藤憐(れん)さん、別役実さん―。仰ぎ見るような作家を目の前にし、会話できる幸福感。得るものは多かったという。

 「違うジャンルの芝居の親分と話すことが考えられなかった時代。一堂に会して物事を決める新鮮さ。お酒飲んでしゃべる機会も多く、有意義でした」「作家同士だと自然にドストエフスキーやジロドゥ、コクトーなど作家の専門的な話にもなる。年齢関係なく話ができて。私も生意気だったと思うけれど、貴重な時間でものすごく勉強になった、と今も思うんです」

 協会運営は雑務も多く、自身の創作活動にも影響を及ぼすほど。初代会長の井上さんに提案したことがあった。「みんな、全てノーギャラでやってるんです。だから『何かメリットを作っては? そうしないと先々、誰もやらないと思います』と言ったんです」。返ってきたのは「いやぁ、これがメリットはないんだな。演劇界、劇作家の未来のためにやるんだよ」という言葉。「その一言で、諦めがつきましたけどね」

 この取材の日も、新作台本の執筆が終わらず、徹夜明けだった。556人を率いる立場だが「新人、ベテラン関係なく、自由に何でも言える雰囲気を大事にしていきたい」。劇作には無限の可能性、無限の力があることを信じる。それが少数の、独特の感性から生まれ、紡ぎ出されることも。

 「劇作がなければ芝居は始まらない。でも作家は孤独。仲間がいるようで、誰も手伝ってくれない。ただ追い詰められていく。ちょっと愚痴をこぼすだけで癒やされることもある。“書く勇気”が生まれる場にしたい。そうなることが、演劇界全体の底上げにつながると信じています」

 ◆主宰劇団40周年作震災テーマに描く 渡辺は、主宰する「オフィス3○○(さんじゅうまる)」40周年を記念した「肉の海」(東京・下北沢の本多劇場、17日まで)を脚本、演出、出演中。作家・上田岳弘氏(39)の「塔と重力」とのコラボ作。大震災で初恋の女性を失った田辺を主人公に、区別が曖昧になるネットと現実の世界を描く。「震災時の思いを風化させたくない。ぜひ若い人に演劇を見てほしい」と強調する。

 ◆日本劇作家協会 93年設立。初代会長・井上ひさし氏の理想は「子供のためにクリスマスの劇を書いたお父さんも入会できる」。入会資格にプロ、アマ、経歴、国籍、主義思想を問わない。条件は「自らを劇作家と認めた人」のみ。入会金3000円、年会費1万2000円。会員556人(6月現在)。

 ◆劇作家協会の業務 戯曲文学の普及、舞台芸術の発展が目的。会報誌発行、リーディング講座、資料収集、国際・地域交流、教育、法務など事業内容は多岐にわたる。

 ◆渡辺 えり(わたなべ・えり)1955年1月5日、山形県生まれ。63歳。1978年、後の「劇団3○○」になる「劇団2○○」旗揚げ。83年「ゲゲゲのげ」で岸田國士戯曲賞、87年「瞼の女 まだ見ぬ海からの手紙」で紀伊國屋演劇賞。96年「Shall we ダンス?」(周防正行監督)で報知映画賞助演女優賞など。13年NHK朝のテレビ小説「あまちゃん」などドラマでも好演。17年には初アルバム「夢で逢いましょう」を発売。夫は俳優・土屋良太。

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