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“ジャニーズの長男”近藤真彦が生き続ける2つの世界

2017年12月1日16時0分  スポーツ報知

 スポーツ報知が毎月第1金曜に掲載する連載「J」が、1月からスタートして、まもなく1年を迎える。1年を締めくくる12月に登場していただいたのは、3日に通算53枚目のシングル「軌跡」を発売する“ジャニーズの長男”の近藤真彦だ。

 今年デビュー37年を迎えた。一昨年には19年ぶりに出場したNHK紅白歌合戦でトリを務めるなど音楽活動を行う一方、現在は自身が設立したレーシングチーム「KONDO Racing Team」の監督を務める。今でこそ、二足のわらじで活動していることが当たり前の印象だが、2つの世界で成功を収めるのは、並大抵のことではない。実際、近藤はレースにのめり込みすぎて“本業”を置き去りにしてた時期もあった。だが、今は「いいバランス」で2つの世界を生きる。近藤が自身の「軌跡」を語るインタビューでは、自身を音楽の世界にとどめた1曲を明かした。96年に発売した「ミッドナイト・シャッフル」だ。

 「天使のような 悪魔の笑顔」―。キャッチーなメロディーとフレーズで、近藤の代表曲の1つとなった。当時、近藤はレーサーとして転機を迎えていた。94年に、フランスのル・マン24時間耐久レースに初参戦し、同年には全日本GT選手権で初優勝。その後、F3000にもフル参戦した。一方で歌手への情熱は右肩下がりだったという。「レコードセールス的には(デビュー後に)頂点に登って、少しずつ駆け降りてきている途中だった。そんなときに、また頂上に行った感じがあった。『何だ、俺まだ、いけるじゃん。曲とタイミングが合えば。ギアがカチャってはまれば、いけるんだ』って励まされた感じがあった。すごくパワーをもらった」。この1曲で歌手としての自信、モチベーションを取り戻した。

 ちょうど楽曲の制作と同じくして、ドライバーとして日産と契約。岡山のサーキットで合宿していたとき、有線放送で「ミッドナイト―」が流れた。レースの世界に足を踏み入れてから「何でアイドルがレース場にいるんだ」と歓迎しない声を何度も耳にしてきた。ある先輩から「おまえの曲じゃん」と掛けられた一言が、近藤の胸に刺さった。「『ああ、もういいんだな』って。レーサーで歌を歌っていても、歌を歌っていてもレーサーで、と思えるようになった」。二足のわらじで生きていく覚悟を決めたのも、このときだった。

 それから20年以上が経過した。相乗効果を感じながら、ここまで来た。新曲は、デビュー以来初めてジャニー喜多川氏がタイトルを命名した。ジャニー氏は「芸能の道とレースの道、二足のわらじで刻んだマッチの深い轍(わだち)の跡…。『軌跡』という言葉は、今のマッチのためにある字であり、意味だと思う」と思いを明かし、近藤も「やっと認めてくれた気がする」と、かみしめる。「1人の男として、社会人として、やっぱりレースの仕事があったからこそ、歌を歌っているだけでは学べなかったことが学べたり、出会えなかった人と出会えたり、というのは、すごくプラス」。これからも2つの世界を生き続け、また新たな軌跡を残していく。(記者コラム)

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