【平尾昌晃・生涯青春】(16)ズズとのコンビがはまった

2017年2月28日14時0分  スポーツ報知
  • 平尾昌晃

 小柳ルミ子と出会ったのは1970年、銀座「メイツ」だ。(NHKの朝ドラ)「虹」に出演していたから顔は知っていた。しゃれっ気がなく、かわいいぬいぐるみを離さずに抱いていて宝塚出身っぽくない。目がキラキラ輝いてそばに寄って、こちらの目をジーッと見てほほ笑むから“ドキッ”としたら、極度の近眼だという。ゆかりちゃんの「恋のしずく」を歌わせると、特有の節回しがあって「これはいい」と直感した。これがルミ子節になっていくのだが「いい子がいますね」と(渡辺)晋さんに報告すると、1週間ほどで“ルミ子チーム”ができあがった。

 デビュー曲の詞を依頼したのはフェリス出身でモダンでセンスのいいズズこと安井かずみ(94年没)だ。以前、テレビの音楽番組で共演して「こんなおしゃれな子とコンビ組んでみたい」とずっと思っていたのだ。ズズと信州の話をしていて「城と祭りがいいな」と水を向けると「それなら書きやすいわ」と。出てきたタイトルが「わたしの城下町」だった。あまりに普通すぎて“えっ”と思いつつも「フルコーラスじゃなくていい。1コーラスでも、サビの前まででもいいからズズの言葉で書いて」とお願いすると、格子戸をくぐりぬけ―という一節が…。

 最初は「こんな詞、お殿さまじゃないし」と思いながらメロを付け始め「ズズ、後はこのメロに詞をはめてね」と。そして仕上がったデモテープを聴いたスタッフが大興奮。「これはいい。今まで聴いたことがない曲だ。妙だけどいい歌だな」と晋さんも相当気に入っていた。71年4月に発売されるとすぐに100万枚を突破。2作目「お祭りの夜」もヒットしルミ子はその年のレコ大最優秀新人賞を受賞。人気歌手の仲間入りを果たした。結果としてこちらが狙った“城と祭り”の1、2作は日本人が好きな題材ながら、よくはまったなと思う。詞とメロは日本調でリズムは洋モノ。和洋折衷が良かったのかもしれない。元々、僕は和洋折衷が好きで自宅も洋間が6つなら和室が4つという具合なのだ。

 翌年には彼女の代表曲となる「瀬戸の花嫁」が誕生する。作詞は山上路夫さんにお願いした。ガミさんとは前から一緒にやっていて気心も知れていた。たまたまルミ子のアルバム制作していた時、収録が早く終わってみんなでコーヒーを飲んでいた。「ルミ子はいくつで結婚したいの?」と聞くと「一生歌手でいたいからお嫁にはいかない。子供はつくるかもしれないけど…」。ルミ子の決意を知って彼女が帰った後に「じゃあ、歌で嫁に出してやろう」。その場で話は盛り上がり、一気に曲作りが始まっていく。(構成 特別編集委員・国分 敦)

 ◆俳優・水谷豊が語る平尾昌晃

 「マー先生には『カリフォルニア・コネクション』などを書いていただきました。子供の頃から歌声が好きで『星は何んでも知っている』は聴き込んでいましたね。ある時先生と話をしていると『作曲旅行に行ってくるから』と。あっ、これが以前におっしゃっていた作詞家の方とじっくり構想を練るのが重要ということかと理解しました。マー先生のメロディーがあれだけ多くの方を引きつけるのは何か、やはり神様が与えているんでしょうか。今年はライブ活動は難しいですが、コンサートで『カリフォルニア―』『やさしさ紙芝居』、先生の作品はマストです」

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平尾昌晃・生涯青春
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