【アントニオ猪木と村松友視が明かす『アリと猪木のものがたり』〈1〉】猪木が語ったアリ戦翌日の秘話と今、気づいた村松さんの発見

2018年1月1日10時0分  スポーツ報知
  • 1976年6月26日、日本武道館で戦ったアントニオ猪木(下)とムハマド・アリ

 アントニオ猪木対ムハマド・アリ。1976年6月26日、日本武道館で戦った格闘技世界一決定戦が今、新たな輝きを放っている。きっかけは、直木賞作家の村松友視さん(77)が11月に出版した「アリと猪木のものがたり」(河出書房新社)だ。ボクシング世界ヘビー級王者のアリとプロレスラーの猪木。交わるはずのない両者が抱えていた共通項をあぶり出した本書が伝説の一戦に光を与えた。スポーツ報知では戦った当事者のアントニオ猪木(74)と村松さんをインタビュー。「アントニオ猪木と村松友視が明かす「アリと猪木のものがたり」」と題し、両者の言葉から「世紀の一戦」の正体を連載します。

 42年前のアリ戦。猪木が真っ先に語ったのは、試合翌日6月27日の朝だった。

 「朝一番で新聞を前の女房(女優・倍賞美津子)のお父さんが買ってきてくれてね。見出しを見たらすべてが酷評で中身は読みたくないっていう思いになった。100パーセント以上に勝つつもりでいて、翌日、新日本のレスラー、社員…みんな連れて、勝った記念に富士山を登ってやろうという計画まで立てていましたから。すごい挫折感があった」

 15ラウンド引き分けに終わった「世紀の一戦」。終始、寝た状態でキックを繰り出す展開に「世紀の凡戦」と酷評された。

 「その時にひとつだけ救われたのが、家を出て通りを歩いていた時に一台のタクシーが通り過ぎたんです。その時、わざわざ、そのタクシーが戻ってきて運転手さんが“いやぁ、ご苦労さん”って声をかけてくれたんです。その一言にもの凄く勇気づけられました。人生において持って生まれた運というか挫折感とかがあると思うんです。でも、瞬間、瞬間の一言で立ち上がれる勇気をもらえるというか、そんなことを学びました」

 村松さんは、当時、出版社「中央公論」の編集者だった。作家としてのデビュー作「私、プロレスの味方です」の出版は1980年。同書で猪木の戦いを「過激なプロレス」、猪木を見守る観客を「過激な観客」と評した。処女作を上梓する4年前、まさに過激な観客の一人として自宅のテレビで友人と共に「猪木対アリ」を見守った。

 「当時は、ただ、猪木が勝てばいいと思って見ていました。けれども、試合の途中からイライラしてるわけです。このままだったら観客も納得しないし、勝つっていう見込みもないし、どうするんだろうと。引き分けだったら観客は怒るなとか。そんなことを考えていました。あの試合でアリは一発左が当たればという、満々たる自信があった。一発決めれば簡単に終わると思っているのに、そのタイミングをつかめなかった。猪木さんもこれだけ蹴って、どっかにリングの中央で組み付くきっかけがあるに違いないと思っている。けれども、それができない。なぜだろうとお互いに思っていたと思う。その答えが出ないままゴングが鳴った」

 一人の観客だった村松さんが感じていた一発、一瞬の勝負。実は戦った猪木も同じ思いだった。

 「試合前、怖いのは怖かった。だけどオレ以上にアリの方が怖かったと思う。オレは負けるつもりは、まったくなかった。アリを呑んでリングに上がりました。試合後にアリのグローブの中にシリコンが入っていたとか言う人がいたけど、オレ自身は本当にシリコンが入っていたかどうかは分からない。ただ一発、額に左が当たってコブになった。額だから良かったんだけど、そこから下だったら確実にダウンしていた。彼は彼なりに一発で仕留められる自信があった。こっちはこっちで倒せばいつでも極められる自信があった。あの試合は一発の勝負だった」

 当時、猪木は寝てばかりと批判され、アリはパンチを出さなかったと中傷された。しかし、村松さんが今、改めて見直すと新たな発見があったという。

 「アリのパンチの速さと猪木さんのアグレッシブな姿勢がすごく伝わってきました。当時は、寝てばっかりで、ああすればパンチを避けられるよなぐらいにしか思われてなかった。でも、猪木さんは、あれで仕留めるしかないルールでやっていた。あの蹴りは、確実にヒットしていて全部仕留めにいっていた」

 時を経て発見があった攻防。まるで今も生きているかのような一戦を村松さんは、「試合のビンテージ(生命力)」と呼んだ。

 「猪木さんの蹴りは1、2ラウンドは軽く当たっていて、ラウンドを重ねるごとにどんどんダメージを与えていた。その揚げ句での仕上げを考えていたんだと思うんだけど、仕上げに至るきっかけをつかめなかった。アリもパンチがかするみたいに当たっているんだけど、仕留めきれなかった」

 試合の生命力は、新たな驚きを与えた。

 「猪木さんの動きで一番、驚いたのは、アリの左のパンチが当たった後、攻めに出ているんですね。たじろかなかった。猪木さんのあの冷静さと勇気は、当時では分からなかった」

 アリのパンチを受けて攻めた猪木。全体的に寝ているだけの印象しかなかった42年前には見落としていた姿だった。猪木自身、この時の動きをこう振り返った。

 「覚えていません。パンチへの恐怖心はありましたけどね」

 ボクシング世界ヘビー級王者のパンチへの恐怖心はあった。それでも、攻めたのは、猪木が持つ本能だろう。それは、試合時の構えにも表れていた。腰を沈め、重心を後ろにかけた。両手は、防御にも攻めにもどちらへも転じられるように前に伸ばした。

 「あれは、練習していない構えだった。本能的っていうか。拳から顔が一番遠い位置に来ることを感じたら、自然にあの構えになった」

 本能の構えの裏側には確かな理論もあった。

 「ボクサーと戦う時に彼らが一番、パンチを強く打てるのは自分たちの位置に相手を置くことなんです。今、総合格闘技に出るプロレスラーは、ほとんどの選手がキックボクサーと同じようなポジションを取る。オレから言わせれば、なんで相手と同じように組むのかって思う。パンチ、蹴りが得意な相手と、その構えで組んだら、最初から相手が一番得意なところを作っているようなもの。もうちょっと体重を沈めるとか、何かしないといけないんですね。相手が一番嫌なのは足を取られて入ってこられることですから。なぜ、そういうような戦術を誰も考えないのかって思いますよ。だから、オレはアリと同じところにいたらパンチがガツンと一発入ったと思う。それを、少し下がったり、上になればパンチは弱くなる。それを本能で感じて、あの構えが生まれたんだと思います」

 41年前に批判の嵐を浴びた「アリキック」も猪木の本能だった。(続く)

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