「もう逃げられない」飯伏幸太の言葉で考えさせられたプロレスラーにとっての年齢

スポーツ報知
15日の「ニュージャパンカップ」2回戦で敗れた後、バックステージで座り込む飯伏幸太

 試合で敗れた後、こんなにファンに謝罪するプロレスラーを初めて見た。

 15日、東京・後楽園ホールで行われた新日本プロレス春のシングル戦トーナメント「ニュージャパンカップ」(NJC)2回戦。優勝候補の呼び声高かった飯伏幸太(35)=飯伏プロレス研究所=が「サブミッション・マスター」の異名を持つザック・セイバーJr.(30)の多彩な関節技の前にレフェリーストップ負けを喫した。

 散々痛めつけられた首と肩を押さえ、バックステージに座り込んだ飯伏は「言葉にならないです。言い訳とかじゃないけど、ギブアップはしてないです。レフェリーの判断…。(ギブアップは)してないけど、あれは逃げられなかった…」。そう完敗を認めた上で「今回、パンフレットも表紙にしてもらったり、ファンの方の『絶対、優勝』という期待があったのに、応えられなかったのは残念で本当に申し訳ない。今回、本当にダメでした。本当にファンに悪いことをしました」と、端正な顔を汗まみれにして繰り返した。

 2月9日、スポーツ報知の女性向けページ「L」欄に登場してもらうため、「ゴールデン☆スター」としてプ女子(プロレスファンの女性)人気NO1の飯伏に70分間に渡って話を聞いた。甘いルックスに実力もピカイチのスターは出演するミュージックビデオの撮影直前というハードスケジュールの中、真っ白のベンツクーペで都内のスタジオに現れた。

 新日の大黒柱・棚橋弘至(41)に「飯伏がいれば、この先ずっとプロレス界は安泰」と言わせ、現在、米WWEでスーパースターの座に上り詰めた中邑真輔(38)に「飯伏は今までいなかった、ちょっと特別な存在」と認めさせた逸材は、ロングインタビューの中で「今、やらないといけないことが自分の中で分かってます。今年が勝負だから選んだのが、一番見ている人数が多い新日。今年、行くところまで行きたいし、自分が一番、楽しみです」と「今年」という言葉を繰り返し、18年が勝負の年であることを強調した。

 トップロープから天高く飛ぶ必殺技フェニックス・スプラッシュにバミューダ・トライアングル。2階席からのケブラータなど「アブナイ」空中殺法も平気な顔で繰り出す。試合は常に見ているこちらが怖くなるほどの荒業の連続。戦いの後の「いつもMAXです。いつも全力です」が決まり文句の男は今月9日のNJC開幕戦の試合後、つぶやいた。「自分も年齢が年齢なんで、もう逃げられないんですよ。戦いからも逃げないようにやるだけです」―。

 20代前半でも通用しそうな若々しいルックスを持つが、1982年5月21日、鹿児島・姶良(あいら)市生まれの35歳。今を時めく人気ユニット「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」率いる内藤哲也とは同い年。プロ野球選手で言えば、巨人・内海哲也、ソフトバンク・内川聖一と言ったベテラン選手と同学年になる。

 現在、最高峰のIWGPヘビー級王座10連覇中のオカダ・カズチカは5歳下の30歳。こちらは巨人・山口俊、オリックス・T―岡田といった中堅選手と同学年だ。ジャイアント馬場さんが61歳で亡くなるまで現役だったように何歳でも現役を名乗れ、何回でも引退、リング復帰を繰り返すレスラーすらいるプロレス界だが、ファンを心底、納得させる最高の動きができる「旬の時期」は他のアスリート同様、意外と短い。

 だからこそ、アスリート系レスラーの代表である飯伏は焦っている。インタビューでオカダについて聞いた際も「オカダさんは僕の中で上の上の上くらいにいるので、今年中にライバルと言わせるくらいの位置に行きたい。オカダさんが(棚橋の持つV11の)記録を抜いたところがベストチャンス。そこで僕しかいないという空気に持って行きたい。(棚橋の持つV11の)記録を抜きそうな感じもします。その抜いたところが僕のベストチャンスですよ。僕しかいないという空気に持って行きたいです」。そんな言葉でオカダの持つIWGP王座への年内挑戦を匂わせた。

 「プロレス界の歴史を変えたいと思っています。これからですね。変えて行くのは自分次第だし。変えられなかったら変えられなかっただけど、絶対に変えられるっていう自信があるんで」と、前のめり気味に訴えもした。

 オスカープロモーションとの業務提携の元、バラエティー番組にも多数出演。今年1月放送のフジテレビ系「アウト×デラックス」には「精神年齢14歳のプロレスラー」として登場。マツコ・デラックス(45)との会話中にテーブル上のポッキーに何回も手を出して笑わせた永遠の青年イメージの飯伏だが、時間だけは確実に刻まれている。

 「天才」として子供の頃から「頭の中で想像できる動きは全て実際に再現できる」という抜群の運動神経を生かしたアスリート系レスラーとしての旬の時期は決して永遠ではない―。そのことが一番分かっているのが飯伏自身なのだ。

 だからこそ、たった1試合のシングルマッチでの負けが許せないし、期待してくれたファンに何度でも頭を下げる。「僕には今しかない」と繰り返す常に真剣勝負の男にとって、満場のファンの前での1試合は、ただの1試合ではないのだ。

 飯伏が今年を勝負の年と決めていることを知っているからこそ聞いてみた。「今日の後楽園ホールの満員のお客さんのほとんどが入場時から『イブシ~』という熱いコール一色でした。今年の飯伏さんへの期待が、それだけ大きいのでは?」―。

 それまで、うつむきがちだった「ゴールデン☆スター」は汗まみれの顔でこちらを見つめると、こう言った。「今日は裏切ってしまったけど、まだまだ、あきらめてないんで。たくさん野望はある。今年の新日をいい方にぶっ壊しますよ」。そう、誰もが認める「天才」の勝負の年は、まだ始まったばかり。「常にMAX」の、この男の戦いからは片時も目が離せない。(記者コラム・中村 健吾)

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