ベルト奪取の直後に「熊本の皆様に勇気を」…だから内藤哲也はプロレスMVPにふさわしい

スポーツ報知
2年連続「プロレス総選挙」1位に輝くなど絶大な人気を誇る内藤哲也

 スポーツ誌「Number」恒例の現役最高のレスラーを決める「プロレス総選挙」(7月10日発売予定号で最終発表)の投票者数が4月末現在で2万5000人を突破。現時点での順位が発表された。

 初日の順位で2位の「100年に1人の逸材」棚橋弘至(41)に大差を付け、首位に立っているのが新日本プロレスの「制御不能のカリスマ」内藤哲也(35)だ。昨年まで「総選挙」2連覇中。早くも3連覇が見えてきた大人気ユニット「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」総帥の人気の秘密が分かった瞬間があった。

 29日、熊本・グランメッセ熊本で行われた「レスリング火の国2018」大会。内藤はメインイベントのIWGPインターコンチネンタル選手権試合で王者・鈴木みのる(49)に挑戦。30分42秒の激闘の末、辛勝し、ベルト奪取に成功した。

 札止め3435人の大観衆の「ナイトー」コールに包まれた内藤は試合後、リング上でマイクを握ると、勝ち名乗りより先にこう言った。

 「約2年5か月ぶりの熊本での新日本プロレスとロス・インゴ―。我々の提供する最高のプロレスを皆様、堪能していただけましたか~」。そう汗まみれの顔で切り出すと、「2年前、この熊本で大変なことが起こりました」と、2016年4月14日の熊本地震について、震災時には避難所になった会場で静かに語り始めた。

 「今もあの時の傷を持っている方々、たくさんいらっしゃると思いますが、だからこそ、俺は言いたい。変わらないこと、あきらめないことはもちろん大事。でも、変わろうとする思い、変わろうとする覚悟、そして、一歩踏み出す勇気も俺は大事なことなんじゃないかなと思います」。

 抜群の運動神経を持つ「スターダスト・ジーニアス」として早くから期待を集めたが、12年に負った右ヒザ前十字靱帯断裂の大ケガなどもあり低迷。リングに上がる度にブーイングを浴びる苦難の時期を経て、15年のメキシコ遠征で自ら持ち帰ったユニット「ロス・インゴ―」で、ついに大ブレークを果たした自身のレスラー人生と照らし合わせるような言葉で、今だ震災の後遺症に苦しむ熊本の人たちを励ました。

 そして、地元ファンの感動の拍手の中、「だから、我々、ロス・インゴ―はプロレスを通じて、一歩踏み出す勇気を皆様に与え続けていきたいなと思います。次回の熊本大会まで我々、ロス・インゴ―のさらに進化した戦いを熊本の皆様、待っていて下さい。つまり、次回の熊本大会まで、トランキーロ! あっせんなよ!」と、圧巻のマイクパフォーマンスを締めくくった。

 試合後のバックステージ。鈴木の関節技で散々痛めつけられた右ヒザを引きずりながら現れた内藤はさらに言葉を紡いだ。「2年前、熊本大会が中止になった時、千葉の銚子大会ですかね。試合後のコメントで今以上のロス・インゴ―として、また熊本に戻ると。その時までトランキーロと。みんな聞いてなかったかも知れないけど、俺は言ったんでね。勝手に約束したつもりだったんで…。2年かかりましたが、こうやって熊本のお客様との約束を果たせたかなと。こうやって、ロス・インゴ―、あの頃よりさらに魅力的になったユニットとして帰ってこられて良かったですね」

 どうだろう。激闘の後の熊本のファンへの温かい言葉の数々。自己主張の塊のプロレスラーなら勝ち名乗りこそ真っ先に口にしそうなところを、まずは観客への感謝の言葉。そう、内藤哲也というレスラーは、いつもこうだ。

 昨年8月、新日真夏の祭典「G1クライマックス27」を制した。最強外国人ケニー・オメガ(34)とのG1史上最長34分35秒の死闘を制し、4年ぶり2度目の優勝を飾った際もリング上でふらつきながら叫んだ。

 「今日、足を運んで下さった両国のお客様、この最高の空間を作って下さった会場の皆さんにお礼を言いたいと思います・グラシャス・アミーゴ!(スペイン語でありがとう、友よ)」。大拍手に包まれた後、やっと「今なら言える。この新日本プロレスの主役は俺だ!」と付け加えた。

 マイクパフォーマンスの第一声がいつも観客への感謝の言葉。当時、新日を取材し始めて1年しかたっていなかった私は「どうしてなのか?」を知りたくて、翌日行われた一夜明け会見に足を運んだ。その場でも内藤の第一声は「リング上でも言いましたけど、最高の空間を作ってくれたお客様に感謝します」だった。

 「やっぱり」―。そう思ったから、その時、聞いた。「その思いはレスラーとして元々持っているものなのか? それとも(苦労し、一皮むけた)メキシコ遠征で学んだことなのか?」―。

 トレードマークの大きな目でこちらを見つめた内藤は少し考えた後、「もともと持っているものでしょうね。僕自身が新日の大ファンでしたから。あの時のファン時代の気持ちを忘れたくない。今、新日のどのレスラーよりも観客の気持ちがわかるレスラーだと、僕は思います」。静かな声で答え、「あの最高の空間はレスラーだけじゃ作れない。僕はありがたいと思っているだけです」。その時も真剣な表情で話していた。

 あの夏から8か月がたったが、内藤は全く変わらない。どの「会場でも客席を埋め尽くすのは「ロス・インゴ―」のTシャツやキャップを身につけたファン。一時は倒産寸前まで追い込まれた新日をV字回復させた功労者の1人として、オカダ・カズチカ(30)、棚橋と並ぶメインイベンターの座に君臨していても、その「お客様ファースト」の姿勢は全く変わらない。

 熊本でも、せっかく激闘の末、手に入れたインターコンチのベルトを一度も手にすることなくリングを下り、「このベルトは僕には必要のないベルトです」とうそぶく。新日のマッチメイクにも常に不満を漏らす。そんな反抗的な「制御不能のカリスマ」の中に脈々と流れ続けるのは、自分自身がチケットを握りしめて会場に走った一ファンだったという“生い立ち”から来るファンを何よりも大切にする思いなのだ。

 そんな思いが戦いぶりやマイクパフォーマンスから伝わってくるから、ファンは入場曲「STARDUST」が流れたとたん、熱狂的な「ナイトー」コールで会場を染め抜く。ファンは、そのレスラーの歩んできた人生にリング上の戦いを重ね合わせて応援する。レスラーの人生の全てが「プロレス」なのだ。

 だから、誰もが温かいハートを持つ“苦労人”内藤を支持する。はっきり言って、私もその1人だ。(記者コラム・中村 健吾)

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