【武藤敬司、さよならムーンサルトプレス〈32〉SWSのような条件はなかった全日本移籍】

2018年5月10日11時50分  スポーツ報知
  • 太陽ケア(右)に足4の字固めを決める武藤

 2002年1月。39歳になった武藤敬司は、全日本プロレスへの移籍を決断した。デビューから17年あまり戦ってきた新日本プロレスとの別れだった。

 「全日本へ行ったのは、思想の違いだよ。最終的には、それがネックで新日本を辞めた」

 離脱を決めた思想の違い。それは、オーナーのアントニオ猪木とのプロレス観の相違だった。「プロレスこそ最強」と標榜してきた燃える闘魂。当時、格闘技イベント「PRIDE」のプロデューサーだった猪木は、藤田和之、ケンドー・カシンら新日本の選手を「PRIDE」へ参戦させていた。

 「当時は、そろそろUFC、PRIDE、K1が台頭してきた。猪木さんはそれが好きでね。好きで好きでみんなレスラーをそっちに導こうとしていた。そんなことやったら、オレのキャリアも今まで培ってきたものも何もかもがなくなっちまうよ」

 武藤の美学は「プロレスこそ最高」だった。猪木が格闘技へ染めようとする動きに抗うように「プロレスLOVE」を叫び続けた。結果、新日本を離れ猪木の思想と決別した。一方で移籍は、人生の将来を見据えた決断でもあった。

 「その時39歳とか40歳ぐらいで、そろそろヒザも動かなくなってきた。自分の中で、頑張ってもあと2、3年だなと思っていた。それと、他のレスラーも恐らくそうだと思うけど、30代後半になったら、いろいろと、先の人生を考えるようになるんだよ。オレも考えた。柔道整復師の資格を持っているから、骨接ぎでもしようかなとか。でも、オレの同級生も開業してるよな、こいつらとガチで戦ったら勝てねぇなとかさ。他には、名前も売れてるし飲食とかもやろうとか。だけど資本の大きいところには勝てねぇなとか。いろいろ考えてじゃぁオレは何だって、行き着いたところが、例え、体が動かなくなってもプロレス界だったら生きていける、そう思って全日本から話が来てさ。よし一国一城の主になろうと夢を持って移ったんだよ」

 猪木とのプロレスへの思想の違い。そして、将来の人生設計。この2つが交錯した時に全日本から移籍のオファーを受けた。それは、武藤自身が意図しないまさにタイミングの妙だった。

 「そういう時にたまたま全日本という空き家があって、流されるように行ってしまった」

 90年にSWSからスカウトされた時は、数千万円の移籍金を提示された。この時の条件はどうだったのか。

 「メガネスーパーのような条件はなかったよ」

 当時の全日本はジャイアント馬場の馬場元子夫人が社長を務めていた。元子夫人は、馬場の悲願だった全日本の旗揚げ30周年を迎えるまでは会社を存続させたい意向を持っていた。この年の9月まで自身がトップを務め、10月からは武藤を社長に据えることを約束していた。武藤が将来の人生設計で描いていた「一国一城の主」という社長就任が言わば移籍の条件だった。

 「社長って言ったって経営なんかしたことなかったからね。だから、新日本で経理とか、ソフト事業とかたまたま仲良くしていたいろんな人を一緒に連れて行った。後から小島(聡)とかに声かけたけど、レスラーより先にフロントを引っ張ったよ」

 経理のトップ、マッチメイカー、デザイナーら新日本の心臓とも言えるフロントを引き抜いたことは、新日本にとって大きなダメージを与えた。共に移籍したレスラーは、小島聡とケンドーカシン。夢を持って移った全日本だったが、それは膝への負担が増大することを意味していた。

 「全日本にいった時点で小島も連れて行ったけど、やっぱりオレが先頭切って試合をしないといけなかった。だから、それなりにムーンサルトプレスも出していた。それは、膝には悪いよな」

 全日本では、まさに先頭に立って動き続けた。橋本真也の「ゼロワン」との対抗戦、新日本へのUターン参戦、IWGP王座への返り咲き、さらには「プロレスリング・ノア」で三沢光晴とのドリームマッチなど立ち止まることなく走り続けた。ビッグマッチを重ねる度に月面水爆でリングを舞った。当時は膝への負担を減らすため、着地を変えたと評されたこともあった。

 「それはできねぇよ。こればっかりは、引力で落ちていくものだから仕方ないんだ。それをどうにかっていうのは難しい。同じムーンサルトプレスでも毎回、微妙にTPOで違うからね。相手の位置も違ったり、今は多団体時代だからロープの高さも違うからね。さしあたって、今ではムーンサルトプレスやるヤツはいっぱいいるけど、体重が軽いとケガが少ないよな。オレみたいに重いヤツはケガする。それは小橋(建太)もそうだよな」

 武藤の口から出た「小橋建太」との出会い。そこで生涯最高のムーンサルトプレスが生まれた。(敬称略)

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