武藤敬司が今、期待するレスラーは「黒潮“イケメン”二郎」…その理由とは?

スポーツ報知
武藤敬司

 プロレスラー、武藤敬司(55)の必殺技「ムーンサルトプレス」への思いをたどった連載「武藤敬司 さよならムーンサルトプレス」を執筆した。12日に最終回を迎えたが、ヤフーに配信した記事には毎回、熱いコメントが集中した。スペース・ローンウルフから鮮烈な凱旋、グレート・ムタ、高田延彦戦、nWo、スキンヘッド、全日本プロレス…。武藤の歩みと自身の人生と照らし合わせた読者の言葉に、いかに武藤が数多くの人に鮮烈な記憶を刻み込んでいたかを思い知らされ、心が揺さぶられた。

 今年でデビュー34年目に合わせ、4月9日のスタートから全34回で終えた今回の連載。武藤の「ムーンサルトプレス」というプロレス史に残る必殺技が人工関節手術によって封印されることを受け今、「月面水爆」にかけた思いを聞きたいという素朴な発想からインタビューを依頼した。

 私は、1995年の高田延彦戦を終えた直後に武藤に初めてインタビューした。以来、取材するたびに感じていたのは試合前後、オフの事務所、道場と、どんな状況でも言葉にインパクトを残す一瞬のひらめきの凄さ。中でも忘れられないのが、アントニオ猪木が格闘技イベント「PRIDE」のプロデューサーに就任し猪木人気が再び盛り上がっていたころ、「思い出と戦っても勝てねぇんだよ。だから、意味のない勝負は、オレはしねぇ」と言い切った時だった。

 猪木からの決別と自身のプロレス観を詰め込んだワンフレーズ。後に脚本家の内館牧子さんが小説「終わった人」の中で重要なセリフとして、引用したほどの名文句だった。今回のインタビューは、およそ15年ぶりの単独取材だったが、アントニオ猪木が掲げた「プロレスこそ最強」のイズムと、そこから派生したUWFの思想を「アマチュアリズム」と言い切り、新日本プロレス道場を「明治維新前の山口県の塾みたいなもん」。94年の猪木戦を「いたってカジュアルに行きましたよ」という言葉の数々に圧倒された。武藤のセンスは、時を経てもいささかの衰えはなく、むしろ、より熟成され、味わいが濃くなっていた。

 インタビューでは今、「期待するレスラー」についても語ってくれた。

 「今?みなさん頑張ってますよ。その中で強いて言うなら、イケメンは面白いね。今は、時代が違うから、強さだけで語れないものがある。あいつが持っている物おじしない天性の性格は面白いよ」

 武藤が期待しているレスラーは、WRESTLE―1の「黒潮“イケメン”二郎」だった。「イケメン」は、福山雅治の「HELLO」にのって入場するが、なかなかリングインしない長すぎる入場でバラエティー番組でも注目された。天性の明るさと華麗な技は観客を笑顔にさせてくれる。今のプロレスを「フィギュアスケートのペアダンス」と評し、新日本のストロングスタイルで育ってきた自身の歴史から「オレは崩れた方が好き」と考えながらも、これからのプロレスを考えた時に出した答えは「イケメン」。そこに武藤の柔軟性とどこへ移動しても観客を魅了してきた秘密を見たような気がした。この期待に黒潮“イケメン”二郎がどう応えるか。今のプロレスを見る楽しみが増えた。

 また、幻のキャラクターへの挑戦も明かしてくれた。

 「オレは何回もモデルチェンジした。本当は10年ぐらい前に“グレート・ムタエ”っていうのをやりたかった。歌舞伎町行って勉強しなくちゃいけないから面倒くさくて断念した(笑い)」

 極悪ヒール「グレート・ムタ」とは真逆のゲイのキャラクター「ムタエ」を考えていたという。人工関節の手術を終え、リハビリに入っている今。復帰はいつになるか分からない。ただ、リングに帰った時に幻に終わった「ムタエ」が出現するかも。そんな楽しみを膨らませながら、武藤敬司の復活をひたすら待ちたいと思う。(記者コラム・福留 崇広)

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