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現役引退から1年、元巨人・加藤健氏の今…地元の新潟を選んだ理由

2018年1月10日19時47分  スポーツ報知
  • 元巨人・加藤健氏

 昨年1月5日に現役を引退した元巨人捕手・加藤健さん(37)は現在、新潟アルビレックスBCの球団社長補佐として活動している。同学年の”松坂世代”の選手たちが人生の岐路に立たされている中、加藤さんは第二の野球人生を着実に歩んでいる。引退してからの1年。どのように過ごしてきたのか。1月上旬、都内で話を聞いた。

 シャツにジャケットを羽織り、スケジュール帳に予定を書き込む仕草が板についていた。家族の住む東京と仕事場の新潟を往復する日々。チームの運営や県内の幼稚園などを訪問し、野球の普及活動など、仕事は多岐にわたっている。

 「昨年は13か所の幼稚園に行きました。ボール遊びの楽しさを気付かせてあげたいと思って。幼稚園児に野球を教えるのも難しいですよ。野球は分からなくてもボールを使うことを知ってほしい」

 加藤さんは、野球人口の減少に目を向けていた。外で遊ぶ時間が減っているのはゲームやスマートフォンの普及だけが理由ではない。遊ぶ”きっかけ”がないからだと言い切る。

 「僕がプロ野球選手だったことは、子供たちには関係ないです。ただ、今の子供たちへが外で体を動かすきっかけ作りができればいい。僕もプロになれたのはきっかけがあった。気付かせてくれた人がいた」

 中学3年生の時、地元の野球教室に中日で監督も務めた高木守道氏が指導しに来てくれた。加藤少年は「君、肩強いな」と声を掛けられた。プロに褒められ、”その気”になったカトケンは新発田農に進み、高校3年時の1998年は春夏連続で甲子園に出場。同年ドラフト3位で巨人に指名されるまでに成長した。

 「高木さんのようにはいかないけど、野球教室をすれば、僕も何かきっかけを与えらるかもしれない。将来の夢にまでならなくても、ずっと野球やボール遊びを外でやってくれればうれしい。幼稚園を去る時に、子供が僕の手を握って『帰らないで』と言ってくれたこともあった。嬉しかったですね」

 幼稚園の他にも、小学校の野球チームの練習にサプライズで参加。キャッチボールやノックをして球児たちと過ごした。

 「地元だったので、『あ! カトケンだ。何でいるの?』と聞いて来た子もいました。なので、そこは『君たちのご両親が呼んでくれたんだよ』と伝えました。野球をやれるのは家族のおかげ。感謝の気持ちを持ってほしくて」

 昨年末には初の著書「松坂世代の無名捕手が、なぜ巨人軍で18年間も生き残れたのか」(竹書房)を出版。発売1か月もたたずに増版が決まる勢いを見せている。

 「野球しかやってこなかった僕は学生時代から『どうせ野球しかやっていない』『野球がうまいから高校も行けた』という言葉を耳にしてきた。そのたびにいつも、こんなに多くのことを野球から学べているのにな、と思っていました。腐らないで頑張ること、組織の中で動くことなど、野球を通じて教えてもらったことを書きました。野球だって、他のスポーツにだって、人生がぎっしりと詰まっているんです」

 引退後は新潟アルビレックスBC以外にも法人の講演会や、地元企業の入社式に呼ばれて、人前で話をする機会が多くなった。一度もレギュラーになったことがないのに、組織でどのように生きてきたかなどを話すと評判がいい。

 「この1年、野球と一緒だなと思うことが、たくさんありました。人が人を動かす。バッテリーのように、気持ちを通わせないといい仕事はできない。僕が組織で生きるためにやってきたことは正しかった、と答え合わせができた気がします」

 ルートインBCリーグ・新潟は昨年、前期2位、後期が3位という成績だったが、観客動員数はわずかながら増えた。今年も普及活動をして、新潟の野球を盛り上げたいと話す。

 「ボランティアの方がホームゲームの手伝いをしてくれています。選手たちはこういう支えがあることを忘れてはいけない。サポーターがもう一回、あの場所で応援したいと思ってくれるような場所を提供したい」

 引退が野球人生のゴールではない。再スタートである。カトケンの挑戦は終わらない。(記者コラム・月刊ジャイアンツ副編集長 楢崎 豊)

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