【天皇賞・春】家族3人で営む前谷牧場、ガンコで頑固に夢を追う

スポーツ報知
日経賞制覇時のゼッケンを手にガンコにエールを送る前谷ファミリー(左から卓也さん、武志さん、ひろみさん)

◆第157回天皇賞・春・G1(4月29日・芝3200メートル、京都競馬場)

 第157回天皇賞・春・G1(29日、京都)に出走するガンコは、家族3人で営む北海道新ひだか町の前谷牧場(前谷武志代表)で生まれた。小規模牧場から伝統の長距離G1に送り込む同牧場の軌跡に迫った。

 3月24日、中山競馬場。馬主席の一角で、前谷卓也(34)は声を張り上げていた。目の前ではオーナーの杉沢光雄が机を割れんばかりに叩いている。「踏ん張れ!そのまま!」。15年7月に函館の芝でデビューしたナカヤマフェスタ産駒が、ダートで地道に勝ち星を積み重ね、再び芝に戻ったのは昨年12月。翌年の日経賞で重賞初制覇を飾るとは、誰が想像できただろうか。

 3文字馬名にこだわるオーナーがガンコと名付けたその馬は、北海道・新ひだか町の山あいにある前谷牧場ですくすくと育った。広さ20ヘクタールの土地に馬房数は34。繁殖牝馬は計18頭で、1歳馬は13頭で当歳も15頭以上。お産の取り上げから育成、夏場の夜間放牧まで、卓也と父・武志(61)、母・ひろみの3人だけでカバーしている。

 そんな小さな牧場と杉沢を引き合わせたのは、一頭の繁殖牝馬だった。先代からの縁で千代田牧場から譲り受けた繁殖牝馬のエンジェルライトが12年、ボインを生んだ。これを購入したのが杉沢だった。未勝利に終わったが「またいい馬がいたら売ってくれよ」と声をかけてくれた。「エンジェルライトがいなければガンコもいなかった。彼女が今の牧場、オーナーとの縁も作ってくれたんです」と卓也は感謝する。

 1950年代に創業した小さな牧場が重賞初制覇を飾ったのは、95年新潟2歳S(タヤスダビンチ)だった。「祝勝会で父や母、地域の人みんなが笑顔だった。こんなにいい仕事があるんだ」。小学生だった卓也は家業を継ぐ決意を固めた。馬術部に在籍した東京農大を卒業後、ダーレーファームに勤務していた08年、父が牧場の作業中に左腕を負傷した。「30歳までには帰ろう」と思っていたが、早くも24歳で実家へ戻ることになった。

 それ以来、放牧地の拡張や夜間放牧、ウォーキングマシンの導入など次々と改革、設備投資を実行してきた。「まだ若い僕に父はやりたいようにやらせてくれた。本当に感謝しかないです」。当歳から夜間放牧を行った初年度からガンコが出た。マシン導入の初年度だったディオスコリダーは17年カペラSで牧場にとって22年ぶりの重賞勝利をもたらした。「一頭一頭手をかけ、たとえ血統的に地味でも丈夫で息長く活躍してくれる馬を育てたい」という父の“頑固”なまでのこだわりを胸に、卓也が奮闘してきた。

 来たる4月29日。出産シーズンの牧場から家族3人で出掛けることはできない。卓也だけが京都競馬場に足を運んでオーナーとともにレースを見守る。「馬との出会いも人との出会いも一期一会。家族経営の牧場だからこそ、その大切さを実感する毎日です」。親子の絆、数々の縁で小さな牧場から巣立ったガンコは、大きな夢を乗せて伝統のG1を駆け抜ける。=敬称略=(取材、構成・川上 大志)

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