日大悪質タックル問題 監督は「支配者」ではなく相談役に

スポーツ報知
会見に臨み、一連の騒動について謝罪する内田前監督と井上前コーチ(左)

 日大アメリカンフットボール部の選手による悪質な反則問題は、高校野球界にとって対岸の火事ではない。今回の件から何を学び、未来へどう生かすべきか。「流しのブルペンキャッチャー」でおなじみ、スポーツライターの安倍昌彦氏(63)がスポーツ報知に特別寄稿した。

 テレビで繰り返し映像が流されるから、つい見てしまうが、もう「あの場面」は見たくない。

 最初に見た時、「野球ならビーンボールだな…」と思った。それも、相手打者がベンチのサインを見ているかで、全く無防備な瞬間を狙って、頭か顔面へぶつけにいったような。こんなに露骨なビーンボールなど、野球には絶対にない。

 誰かにやらされたプレーなのは、最初に映像を見た時からピンときていた。次元の高い戦いほど、プレーヤーというものは相手にどこかで敬意を抱いているものだ。あんな「だまし討ち」で相手を傷つけようという発想など、まずない。

 以前、私の尊敬する大学野球の監督さんがこんなことを話してくれた。

 「大学野球の監督っていうのは、結局のところ『独裁者』なんですよ。学生たちの一番弱いところって、何だかわかります? 試合に出られるかどうか…と卒業後の進路なんですよ。その両方を握ってるのって監督じゃないですか。だから、言うこと聞くんですよ、彼ら。学生たちを自分の思い通りに扱うために、その『2つ』をガッチリ握っちゃってる人って、たくさんいますよね。僕はそれ、絶対やっちゃダメだと思うんです。命令と服従。恫喝(どうかつ)と忍従。野球の現場がものすごく不健全になって、我々と学生たちとの距離が、どんどん離れていきますから」

 高校野球も実態はそんなに変わらない。むしろ、選手たちの年齢が低い分、指導者依存の体系は色濃いのかもしれない。

 「指導者」という大人から野球を教わってうまくなる、強くなるという風土。逆に、教わらないとうまくなれない、強くなれない。そんな「妄想」に取りつかれ続けてきたのが、日本の高校野球の「ほんとのところ」なのではないだろうか。

 日本の高校野球には、多くの「名将」たちがいらっしゃるが、アメリカの高校野球から「私はメジャーの選手を100人育てました…」という「名将」の話はトンと伝わってこない。

 腕利きの指導者の教えを仰ぐのも大切であろうが、それ以上に大切なのは、選手たち同士が学び合うことではないだろうか。

 私の理想の高校野球とは「グラウンドに監督さんのいない高校野球」です…と、機会があるとそんなことを言って、いつも笑われている。誤解を招きそうな表現で申し訳ないので、「選手の選手による選手のための高校野球」でもいい。

 もちろん監督さんはいていただいてよい。ただ、何でも大人がお膳立てして「下」におろすのではなく、日々の練習プランは選手たちが作ってみる。理由と根拠を添えて監督さんに「これでいかがでしょうか?」とお伺いを立てる。大人が登場するのは「ここ」からだ。選手たちに見えていない部分、監督さんなりのアイデアをアドバイスとして与えて、練習メニューとする。

 試合だって、選手たちで実戦プランを練って、選手たち同士でサインを出し合って試合を進めればよい。 選手たち同士でサインをやりとりすると、「受け身」一辺倒にならないからよい。ここ走れるぜ、セーフティーやれそうだぜ…選手たちがアイデアを発信するから、間違いなく選手たちの「野球カン」が鋭く研ぎ澄まされ、彼らがよく言う「緊張感」というやつも、健全な形で高められるはずだ。

 試合のメンバーだって、選手たちで決めればよい。投票制でもよいし、合議制でもよい。選手たちが悩んで決めることが尊い。

 就職にしても進学にしても、進路は本来、家族で決めることであろう。そこに、「決定権」を持つ第三者として指導者が介入してくるから、話がややこしくなる。

 そして、どうにも困った時に、監督さんにお知恵を拝借する。指導者は、困ったときの相談役という重要な役割として機能する。

 なーに、あいつらにそんなこと、できるわけないだろう! そんな声が聞こえてきそうだが、全く心配ない。

 例えば18歳の高校生が小3から野球を始めていたら、すでに10年選手の立派な「ベテラン」である。競技歴10年なら、それなりの知識や知恵は十分期待してよい。

 大人たちが、よくも悪くも「支配者」となり、先頭をきって組織を引っ張ってきたのが、例えば「昭和・平成の高校野球」だとするならば、選手たちが選手たちの裁量でチームを運営し、経験不足、知識不足で行き詰まった時に「相談相手」として大人の力を借りる。

 そんな体系の高校野球が次の時代の主流になってくれないかなぁ…と、試合開始のサイレンが鳴り響く中、なんのサインがほしいんだか、じーっとベンチを見つめている先頭打者の姿を眺めながら、私はいつもそんなことを考えているのだ。

 ◆安倍 昌彦(あべ・まさひこ)1955年4月24日、仙台市生まれ。63歳。早大学院を経て早大2年まで捕手一筋。同3、4年時には早大学院で監督。卒業後、会社員をしながら00年から雑誌「野球小僧」でコラム「流しのブルペンキャッチャー」を連載。東海大・菅野、花巻東・大谷ら約230人のボールを実際に受け、独特の筆致で描く文章が話題に。雑誌「野球人」責任編集。

 

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