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箱根3連覇を果たした青学大の往路ランナーがタスキを何度も掛け直していたワケ

2017年1月12日16時0分  スポーツ報知
  • 修繕されたタスキを手に感謝する安藤悠哉主将
  • 往路2区を走った青学大・一色。タスキは裏返しになっている

 タスキは駅伝ランナーの心模様によって、生き物のように動く。日本陸上競技連盟の駅伝競走規準の第9条には「タスキは布製で長さ1・6~1・8メートル、幅6センチを標準とする」(抜粋)と定められている。とはいえ、単なる布ではない。いわば“魂”なのだ。

 駅伝ランナーなら誰もが大切さを知っているが、箱根駅伝という大舞台では我を見失ってタスキの扱いが乱雑になってしまう選手も多い。タスキを受け取った時、慌ててしまう選手は、刺しゅう文字の校名を裏返し、あるいは逆さまに掛けてしまう。対照的に校名が胸の前で見えるように、きれいに掛けられる冷静さがあれば、実力を発揮しやすくなる。タスキの掛け方を見ると、その選手の心理状態の一端が分かるのだ。

 今年の箱根駅伝(2、3日)。スタート直後から、青学大の1区・梶谷瑠哉(2年)がタスキを気にしていた。スタート前にタスキを落ち着いて掛ける余裕がある1区の選手は、校名が胸の前にしっかりと見えるが、梶谷は何度も掛け直していた。そして、2区のエース一色恭志(4年)は、校名が全く見えないほどタスキがよじれていた。

 おかしい。常に冷静沈着な一色が、そんなミスを犯すのだろうか。箱根芦ノ湖で往路ゴール直後、一色を取材した。「確かに僕のタスキの掛け方はひどかった。でも、すごく掛けづらかったんですよ」と首をかしげた。

 翌朝、謎は解けた。青学大のフレッシュグリーンのタスキにトラブルが発生していたのだ。タスキは端の部分に切れ込み穴があり、その部分にもう一方の端を通した上で結び目を作り、輪の状態にして長さを調節する。「切れ込み穴が破れて1ミリしかつながっていなかった」と吉田伊吹マネジャー(4年)は明かした。そのため、タスキが緩みやすくなっていたわけだ。駅伝競走規準で「タスキは必ず肩から斜めに脇の下に掛けなければならない」(抜粋)と決まっている。もし、タスキの切れ込み穴が千切れて輪の状態にならなかった場合、タスキリレーの度に端と端を結んだり、解いたりする必要が生じて、タイムロスにつながっていただろう。

 無事に往路優勝を果たした後、吉田マネジャーは“夜なべ”したと明かす。「僕は裁縫男子というわけではありませんが、宿に裁縫セットを借りて何重にも縫い直しました」。アンカーを務めた主将の安藤悠哉(4年)は「往路をテレビで見ていて、なんで、みんなタスキを何度も掛け直しているんだろう、と不思議だったし、不安だった。(吉田)伊吹がタスキを直してくれたことはゴール後に知った。お陰で復路の選手は気持ちよくタスキを掛けられた。9人の汗とチームメート全員の思いが染み込んだタスキは重かった」と感謝していた。

 箱根3連覇&学生駅伝3冠の同時達成は史上初の快挙。歴史的な優勝のゴールテープを切った時、安藤は「青山学院大学」の校名がはっきりと見えるように、きれいにタスキを掛けていた。

 安藤と正反対の例を知っている。その昔、私は東洋大の一員として箱根駅伝に出場した。母校は今回も2位と健闘したように近年は強豪としての地位を確立しているが、私の在校時は予選会の常連。チームは本戦に出場するのが、私はメンバーに選ばれるのが、どちらも精いっぱいだった。

 1989年大会、1年生だった私はチーム10番手として8区に起用された。結果は区間14位(当時、出場枠は15校なので下から2番目)。今回8区区間賞の下田裕太(3年)より8分以上も遅い。大ブレーキで総合14位の一因となってしまった。当時の写真を見ると、タスキは乱れに乱れ、校名は裏返しで逆さまだった。先輩や同期のチームメート、起用してくれた監督に、30年近くたった今でも申し訳ない気持ちが消えない。

 正月が来~れば思い出すぅ♪はるかな箱根♪とおい空♪な気分なのだ。(記者コラム・竹内 達朗=1992年東洋大学陸上競技部卒業)

 【追記】最後は明るい話題を。「箱根駅伝総集編」は13日に発売。出場全210選手のコメント&写真掲載、取材記者のとっておきコラムや各区間驚きのこぼれ話など内容充実です。

箱根駅伝
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