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東京マラソン優勝のキプサングが明かした強さの秘密、そして日本選手との違い

2017年3月2日16時0分  スポーツ報知
  • 東京マラソンで優勝したウイルソン・キプサング

 2020年東京五輪への第一歩となる、東京マラソン(26日)が終わった。世界との差をまざまざと見せつけられた。優勝はケニアのウィルソン・キプサング(34)。2時間3分58秒の日本国内最高記録となった。日本人トップは8位の井上大仁(24)=MHPS=。タイムは2時間8分22秒。自己ベストを4分34秒更新する大健闘だったが、キプサングには4分24秒、距離にして約1・4キロの大差をつけられた。

 山梨学院大出身の井上は箱根駅伝に4年連続出場。4年時には3区で最下位でタスキを受けながら区間3位の激走を見せ、チームのシード権(10位以内)確保の立役者となった。日本人2位の山本浩之(30)=コニカミノルタ=、同3位の設楽悠太(25)=ホンダ=、同4位の服部勇馬(23)=トヨタ自動車=は、そろって東洋大出身で箱根駅伝での優勝経験を持つ。4選手とも箱根路を沸かせたが、世界のマラソン界を沸かすまでの存在には成長していない。

 キプサング、あるいはケニア勢は、なぜ強いのか。その理由の一端を知る機会があった。東京マラソンの2日後。キプサングは、今年の箱根駅伝で史上初の大会3連覇と年度3冠を同時達成した青学大の“一日特別コーチ”を務めた。人類史上最多となる4度目の2時間3分台をマークした世界最強ランナーによる、1時間超の特別講義だ。青学大ランナーに交ざって、私も生の声を聞く幸運に恵まれた。

 「僕は6歳の頃から学校の行き帰りで毎日20キロ走っていた。今、6歳の僕の息子も通学のため、毎日12キロを走っている」

 キプサングの話に原晋監督(49)、選手から感嘆の声が上がった。ちなみに、キプサングの故郷は標高約2000メートルの高地だ。

 今、日本で10キロ以上を走って通学している小学生がいるだろうか。家から学校が離れている地方の小学生はスクールバスや親の車で登下校する機会が多い。むしろ、徒歩通学する都市部の小学生より、歩く距離が少ない場合もあるという。

 原監督は厳しい表情だった。「日本の小学生はゲームで遊ぶ子が多い。うちの選手も子どもの頃はそうだっただろう。子どもの頃からの積み重ねが、ケニアと日本ではまるで違う」

 日本陸上界の異端児を自任する指揮官は、さらに続けた。「時間は子どもの頃に巻き戻すことはできない。だから、勝負すべきところは別のところだろう。キプサングの話を聞いて、参考に出来ること、出来ないことがはっきり分かった」

 青学大は3年前から、中野ジェームズ修一トレーナー(45)らの指導で、体幹トレーニングに力を入れている。原監督は「青学大は最先端のトレーニングをしているという自負がある。これからも、日本人に合ったトレーニング、ケニア勢が取り入れていないトレーニングを追求していくしかない」と語った。

 東京五輪を始め、世界大会のマラソンは夏に行われる場合が多い。日本の科学力を生かした暑さ対策も、世界に近づくためのポイントになるだろう。

 1990年代前半まで、日本は世界と肩を並べて戦っていた。91年東京世界陸上は谷口浩美が金メダル、92年バルセロナ五輪では森下広一が銀メダルを獲得した。しかし、その後、科学的なトレーニングを取り入れた東アフリカ勢が躍進。幼少時の自然的なトレーニング+大人になった後の科学的なトレーニング=最強ランナーの完成。四半世紀で状況は様変わりした。

 正直に言えば、私はキプサングがサラリと話した幼少時代のエピソードを聞いて、日本マラソン界の絶望を感じた。ただ、同時にキプサングが紳士的に学生ランナーに呼びかけた言葉に感銘を受け、少しの希望を感じた。「監督に『今日は何キロ走ろう』とメニューを与えられるが、それは決してペナルティーではない。走ることを楽しもう!」。なるほど。これは万国共通、長距離走の“極意”だと思う。

 箱根駅伝は1920年に「世界で通用する選手を育成する」という理念を掲げ、誕生した。理念を忘れず、箱根より高い山を目指して走り続けるしかない。道のりは先が見えないほど長いが。(記者コラム・竹内 達朗)

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