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会う時はいつも笑顔の大鵬部屋の世話人・友鵬勝尊さん急死…元担当記者が悼む

2017年9月11日12時0分  スポーツ報知
  • 13年5月18日、大砂嵐と握手する世話人・友鵬勝尊さん(右)
  • 友鵬さん不在の秋場所が始まった
  • 友鵬さん不在の秋場所が始まった

 大相撲大鵬部屋の世話人・友鵬勝尊さんを知らない人は角界の中にはいない。現役引退後は故・大鵬親方(元横綱)を裏方として支え、若手力士たちの生活を指導。面倒見の良さで知られ、ちゃんこ作りの名人でもあった。その友鵬さんが8日、60歳の若さで突然亡くなった。虚血性心不全だったという。

 2001年から06年まで相撲担当をしていた私も、友鵬さんにかわいがって頂いた一人だ。深い接点があったわけではないのに、ちょっと顔を合わしたり、言葉を交わしたときに、これほど温かみを感じる人はいなかった。

 05年にこんなことがあった。大鵬部屋の関取だったロシア出身の関取、露鵬(後に大麻事件で廃業)と私の間で、ある記事を巡って険悪になってしまった。師匠の大鵬親方が、露鵬の相撲態度を叱責したというだけの内容で、特に露鵬の人格を傷つけるような内容ではなかった。しかし、それをネガティブに受け取ってしまった露鵬は、私をすごい形相でにらみつけ、支度部屋でも付け人を通じて私を近づけようとしなかった。誤解を解く方法がなく、ちょっと困っていた。

 06年初場所後の1月下旬、取材帰りの清澄白河駅前で「おーい甲斐くん」と呼ばれ、振り向くと友鵬さんだった。「時間あるなら飲みに行こうよ」と近くの寿司店に誘われた。八丈島の麦焼酎を勧め、刺し身の太巻きを勧めてくれる友鵬さんは、どんな角界の話題でもざっくばらんに話してくれた。そんな流れの中で、露鵬と険悪になってしまっていることを明かしてみた。「あいつもいいヤツなんだけどなあ」とつぶやいた友鵬さんは、その件についてはそれ以上語らなかった。

 その後、3月の春場所中のこと。支度部屋で露鵬の付け人が「露鵬関が呼んでいます」と声をかけて来た。何か文句でも言われるのかと思ったらニッコリ笑って「もうやめよう」と握手を求めて来るではないか。どういう風の吹き回しだか、分からなかったが、しばらくして合点がいった。「ああ、友鵬さんが露鵬に話をしてくれたんだな」と。

 しかし、友鵬さんは「オレがこういうふうにあいつに話してやったんだよ」というような無粋なことは一切言わない人だった。会う時はいつも笑顔。私にとっては古き良き相撲界の粋な部分を体現した人だった。もう友鵬さんと会えないと思うと、とても悲しい。

(記者コラム・甲斐 毅彦)

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