•  スポーツ報知のWebサイト限定コラムがスタートしました。最前線で取材する記者が、紙面では書き切れなかった裏話や、今話題となっている旬な出来事を深く掘り下げてお届けします。皆さんを「ほーっ!」とうならせるようなコラムを目指して日々配信しますので、どうぞお楽しみください。

北京五輪400リレー銀、高平慎士が残した道産子選手への遺産

2017年10月10日16時0分  スポーツ報知
  • 男子四百メートルリレー決勝。3位に入り見事に銅メダルを獲得し、日の丸をまとい歓喜する日本メンバーの(左から)塚原直貴、末続慎吾、朝原宣治、高平慎士
  • 北京五輪男子400メートルリレー決勝。アンカー・朝原宣治(左)へバトンパスする第3走者・高平慎士(右はボルト)

 陸上男子短距離選手で、2008年北京五輪400メートルリレー銀メダリストの高平慎士(33)=富士通=が、9月の全日本実業団対抗選手権を最後に現役生活にピリオドを打った。北海道支局に勤務し、高平を旭川大高時代から取材してきた私も、ねぎらいと感謝の気持ちを抱いた。

 雪国北海道から世界へ羽ばたいた高平が、北海道陸上界に残した功績は、計り知れない。その名を“全国区”にしたのは高校3年の時で、高校総体200メートル、国体400メートルで優勝した。179センチ(当時、現在は180センチ)の長身で、長い手足を生かした、伸びあるストライド走法に将来性を感じた。「自分はわがまま。楽しいから陸上をやる。楽しくなくなったら、やめます」という“自己主張”が印象に残った。

 名門・順大進学後、素質が大きく開花した。大学2年で迎えた04年アテネ五輪で、道産子陸上選手では、48年ぶりの五輪代表を射止めた。アテネ大会では400メートルリレーで4位入賞と健闘したものの、個人種目の200メートルは予選敗退。帰国後、「雰囲気に完全に飲み込まれた。覚えているのは最初の50メートルだけ。あとは全く記憶にありません」と初めて弱気を聞いた。しかし「もう一度、あの舞台に立って今度こそレースを楽しみたい」と、再挑戦への決意を口にした。

 その情熱が、4年後の北京五輪400メートルリレー銅メダル(その後、優勝ジャマイカ失格で銀メダルに繰り上げ)につながったと思う。五輪陸上の道産子メダリストは、1932年ロサンゼルス大会で三段跳び金メダル、走り幅跳び銅メダルの南部忠平以来、76年ぶりという快挙だった。同じ旭川六合中出身で柔道女子70キロ級でアテネ、北京連続金メダルを獲得した上野雅恵の存在も、発奮材料になったという。

 高平に引っ張られるように、北京五輪には、女子100メートルの福島千里(北海道ハイテクAC)、400メートル障害の久保倉里美(新潟アルビレックス)、1600メートルリレーの木田真有(ナチュリル)の道産子に、女子長距離でホクレンの赤羽有紀子(栃木出身)が代表入り、道勢代表が急増した(所属は当時)。高平は、五輪活躍後も「一緒に走ることで、後輩の励みになってくれれば」と毎年、国体に北海道代表で400メートルリレーに出場するなど“北海道愛”を貫いてくれた。

 雪に覆われる期間が長い北海道のジュニア選手も、高平の活躍を機に「冬は基礎動作固めと基礎体力作りに集中できる」と、ハンデを前向きにとらえるようになり、最近10年では中学、高校の全国大会で優勝者が次々と出てきている。

 引退後のテレビ解説などでも、滑舌よく目を輝かせながら話す高平を見ると、今も「陸上を楽しんでいる」ことが伝わってくる。東京五輪を3年後に控え、“陸上伝道師”としての新たな活躍を期待している。(記者コラム=北海道支局・小林 聖孝)

  • 楽天SocialNewsに投稿!
コラム
今日のスポーツ報知(東京版)
報知ブログ(最新更新分)一覧へ