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偉大な王者・井上尚弥の影でいまだ戦い続けるレジェンド

2018年5月31日16時0分  スポーツ報知
  • 3階級制覇を達成し、一夜明け会見を行った井上尚弥(中央、右は大橋秀行会長、左は父・真吾トレーナー)

 偉大な勝者の陰には、強力な支えがある。25日、井上尚弥(25)=大橋=がWBA世界バンタム級の新王者に輝いた。ジェイミー・マクドネル(32)=英国=に1回1分52秒でTKO勝ちし、3階級制覇を達成。国内ジム所属6人目の3階級制覇は、八重樫東に続き大橋ジム2人目。同一ジムから複数誕生するのは初めてだった。「これでマッチメイクから解放される」。試合9日前の公開練習。陣営の大橋秀行会長(53)は、誰よりも安心していた。

 勝てば、他団体王者とトーナメント方式で争う「ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ(WBSS)」への出場が内定していた。8人で1回戦から決勝まで最大3試合。勝ち進めば、短くても1年間は相手探しをせずにすむ。井上は昨年まで主戦場としたスーパーフライ級では、強すぎるあまり相手に敬遠され、大橋会長も試合を組むのに苦労した。

 しかし、安心したのもつかの間、マクドネル戦の開催が危ぶまれた。王者は175・5センチの長身。これまで減量に苦しみ、21日の公開練習では、流した汗より明らかに多い1リットル半の水を飲み干した。22日の予備検診でも身長165・2センチの井上に対し、王者の胸囲は井上より6センチ上回る96センチ。長身なら細身でないと、計算が成り立たない。

 この日、井上陣営が念のため勧めた任意の計量も断固拒否。23日の調印式中も、見せつけるようにペットボトルを何度も口に付けた。日を追うごとに体重超過の“フラグ”が立つ。「あしただね」。会長の緊張感も増していくように見えた。

 運命の計量当日、前代未聞の事態が起きた。王者が来ない。都内で午後1時開始の計量に、横浜市内のホテルに泊まる王者陣営が午後12時半になっても出発していない。まさかのすっぽかしか? 会場はざわめいた。迎えに行った日本人関係者は「あと300グラムだから10分待ってくれ」と放置されたまま。ずるずると時間が過ぎるなか、大橋会長は関係者から情報を集めて回った。

 妻、娘らを含め11人の大所帯で来日した王者陣営は、午後1時20分頃に車2台に別れて出発。マクドネルが乗っていない車内の日本人関係者から連絡を受けた大橋会長は「電話の向こうは大爆笑の声がした」と明かした。遅刻なんてどこ吹く風。「宮本武蔵じゃないか」。会長の脳裏には、巌流島の戦いが浮かんだ。

 午後2時に都内のホテルに到着。会場前の廊下では関係者、報道陣ら約50人が待ち構える。到着の連絡を受け、控室から出てきた井上は「いらつきますよ。ブーイングで迎えてください」と報道陣に促し、あきれるように笑った。約10分後、エレベーターからマクドネル陣営が現れた。足はふらつき、前日までのクールな姿は見る影もない。大橋会長は「あんなになっちゃうもんなんだね。本人じゃないのかと思った」と急激に減量した姿に目を丸めた。

 すぐさま計量に臨み、両者とも一発クリア。王者陣営は奇声を上げて喜んだ。顔を向かい合わせた写真撮影。悪びれる様子もなく、ニヤリと笑う王者に井上の怒りは沸点に達した。大橋会長は「今までにない顔。あれはよかったなぁ。向こうの(陽動)作戦なら逆効果になる」と怒るまな弟子を見つめ、「俺の仕事は終わった。あとは尚弥に任せる」と背中を押した。

 試合当日、マクドネルは一日で12キロも増やし65・3キロ。井上は6キロ増の59・5キロで2階級差があった。それでも、リングに上がればこっちのものと言わんばかりに、日本の怪物は王者をフルボッコ。わずか112秒で決着をつけた。

 「今回はオーバーする可能性もあったし、あの状態だと試合に来ないかもしれない。本当にリングに上がるのか心配だった」。試合翌日の一夜明け会見。井上、井上の父・真吾トレーナーと写真撮影に応じた会長は、満面の笑みでダブルピースを作った。WBC世界ライトフライ級王者・拳四朗(26)=BMB=がトレードマークにするポーズ。井上も、報道陣も思わず吹き出した。興行主の重圧から解放されたほほ笑ましい光景。元世界王者は、今もリングの外で戦っている。(記者コラム・浜田 洋平)

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