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【篠原信一の柔道一本】天理大特訓の神髄は……「これでいいのだ!」 シリーズ「柔道名門大学巡り その1」 ~天理大編~

2018年6月7日14時27分  スポーツ報知
  • 篠原信一氏

 柔道の名門大学は数多くあります。今回は各名門大学の特色を4週に渡り、シリーズでお届けしたいと思います。大学によって柔道の特色や練習方法などの違いは当然、あります。ただ、世間の皆様にはあまり知られていないと思うので、篠原が分かりやすく書いてみようと思います! 第1回目は私の母校、天理大学であります!

 【柔道の特色】1925(大正14)年に発足した伝統ある柔道部です。天理大はいわゆるオーソドックス、しっかりと組んで一本を取りに行く正統派柔道をします。

 「なに!? ちょっと待った!」ですか? 「篠原は体も大きく力が強いからふつうに組みにいけるっしょ~!」って思った、そこのあなた! そう思いたいのはわかります! しかし、篠原だけではございません。オリンピックで3大会連続金メダルを取った男子60キロ級の野村忠宏くんの柔道を思い出してください。軽量級の野村選手の柔道もしっかり組んで、組んでから技に入っているでしょ! 記憶に新しい16年リオデジャネイロ五輪73キロ級金メダルの大野将平選手(現・旭化成)もしっかり組んで前に出て技に入り、豪快に投げてましたよね! そうなんです! 天理柔道はしっかりと組んで技を出すんです。野村や大野などの五輪チャンピオンは、その最高級品なんです!

 篠原の心の声「おぉ~っと! 忘れてました! 篠原信一もやで~(笑)」

 もちろん、そこまでの実績を残せていない選手でもしっかりと組んで柔道をするんです。“柔道の父”嘉納治五郎師範の教えにあるように、しっかりと組んで技を掛ける。また、いまIJF(国際柔道連盟)が目指す、本来の柔道がやりたくて天理大に来る選手も多くいるのです。

 はい。皆さん、お忘れでしたね。そうです。私も天理大の監督をしていました(ドヤ顔)。教え子の1人、当時日本代表だった穴井隆将(現、天理大監督、12年ロンドン五輪100キロ級代表)も、しっかりと組んで柔道をしていました。軽量級でも重量級でも階級は関係なくしっかりと組んで柔道をしなさいというのが天理大の教えなのです。

 【稽古の特色】私が学生のころと今と、それほど稽古方法はかわっていません。私が監督だった頃もそうでしたが、主に「立技の乱取稽古」が最優先でした。野村は立技の乱取稽古もしっかりとしていましたが、彼は打ち込みを徹底して行っていましたね。何度も何度も自分の足の位置や肩の位置等を確認しながら…。だから、あんなに技が切れる! のだと思います。

 寝技の稽古ですか? 野村も寝技をしているところ見たことないな…。いまの穴井監督は私が監督だった時代とは違って、試合を想定して細かい場面を切り取ったような稽古をしているようですが。

 【現場に潜入調査】

 ある天理大の学生の証言。「穴井監督は寝技の反復練習や寝技の乱取り稽古を細かく説明されますよ」

 篠原の心の声「おい! 穴井は誰に寝技を教えてもらったんや?! あ~俺が教えたんや(汗&笑)」

 確かに穴井監督は勉強家でもあります。近代的なトレーニングやフィジカルトレーニングなども取り入れているようで。ちょっと穴井監督にお話を聞いてみよ~。(天理大道場のドアを)トン、トン、トン。ガラリ。

 篠原「毎度ぉ~」

 穴井監督「新聞なら間に合ってますよ!」

 篠原の「………。いや、違います」

 穴井監督「どのようなご用件で?」

 篠原「かくかくしかじかなわけで…」

 穴井監督「ふむふむ」

 篠原「穴井監督はどんな選手を育成したいと考えてるのでしょうか?」

 穴井監督「(篠原)先生を反面教師に、細かいところまで試合中に気づく選手を育成してます!」

 篠原「また、反面教師の話ですかい……」(注:第2回コラムで井上康生・男子代表監督に直撃取材した際も同じ指摘を受けている)

 穴井監督「いやいや、変な意味じゃないですよ! 何気なく試合するような選手はダメだという意味でして…」

 篠原「…………」

 篠原「俺ほど技がキレる選手いるのか?」

 穴井「…………………………………。(約1分かけてから)いないですね!」

 篠原の心の声「返事、遅くない!? ていうか、もっと僕のことをリスペクトしてくださいよ!(大涙)」

 ちなみに、私が学生の頃は寝技だけのための稽古時間というのはほとんどありませんでした。誤解されないように説明しときますが、立技の乱取稽古の中で、立技で投げた後、寝技に移行して抑えに行く稽古をしていたということです。

 振り返ると、寝技の研究ってなかったなぁ…。立技も寝技も強い先輩方がおられましたので、先生から『先輩から技を盗め』とよく言われてましたね。

 そういえば私は学生時代、試合の時によく怒られてました(汗) 投げた後、すぐに寝技に移行しなかったので「なんで抑えに行かへんのや!」と。

 篠原の心の声「だって….投げた方が早いやん!」

 正木嘉美先生(天理大師範、85年世界選手権無差別級金メダル)にも、大外刈りの練習で釣り手の手首の使い方を習いました。

 両手に掃除のホウキの先端を持って、腕を垂直に伸ばして…。で、ホウキの重さを感じながら、手首で前後に動かして、手首の強化をするように言われていました。けんしょう炎になって、毎日、湿布ですがな~。稽古になりませんがな! だって痛いんやもん(泣)

 「天才バカボンのレレレのおじさん」をイメージした、そこのあなた、違います! 逆の動きなんです! レレレのオジさんは、両肘を曲げて普通にホウキをはく動きをしてますよね!? その逆なんですよ! はい! この写真をご覧ください!

 きついんですが、こうすることで手首が柔らかくなり、可動域も広がるという「これでいいのダ!」というトレーニングなんです。他には3人打ち込みで大外刈りの威力をつけるように言われたり、居残り練習もありましたねぇ。軽量級の同級生は道場で足払いの練習と。正木先生が道場を出て行った瞬間はハイ終了!!でしたね。で、すぐ道場に正木先生が帰ってきて案の定、怒られましたわ(汗)

  • 「これでいいのダ!」トレーニング

    「これでいいのダ!」トレーニング

 当時の篠原の心の声「おいフェイントかい! 技のフェイントを教えんかい!」

 他の大学の先輩は天理柔道のイメージについて「遠間から思い切って飛び込んでくる」と、表現していましたが、まさしくその通りです。思いっきりの良い、切れのある柔道なんです。

 まぁ私を見たらわかるでしょう(ドヤ顔)

 とはいえ、私は…本当に寝技がねぇ…(汗)。言っときますが弱かった訳ではないですよ! 次週の国士舘大学の時にも書きますが、本当に寝技が苦手で逃げ出したいくらいでした(泣)

 道場の周辺は、花の東京から離れていて、関西のカントリーなムードが漂っていいましたねぇ、昔は。私が監督になってからですか? はい。おしゃれぇ~な香りがするスマートな雰囲気に変わりました(笑) 今ですか? はい。穴井が監督となってから、ちょっとインテリジェント感が出てきましたね!と、言っておきましょう!(笑)

 ◆篠原信一(しのはら・しんいち)1973年1月23日、神戸市出身。45歳。中学1年で柔道を始め、育英高、天理大を経て旭化成に入社。98~00年まで全日本選手権3連覇。99年世界選手権で2階級(100キロ超級、無差別級)制覇。2000年シドニー五輪100キロ超級銀メダル。03年に引退。08年に男子日本代表監督に就任し、12年ロンドン五輪で金メダル0の責任を取る形で辞任。

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