兄弟で東京2020へ!脇本雄太、勇希“ケイリン”で五輪目指す

スポーツ報知
兄弟で東京五輪出場の夢を持つ脇本雄太(左)と弟の勇希君

 目指すは兄弟で東京五輪。

 昨年12月のワールドカップ第4戦ケイリン(チリ・サンティアゴ)で日本人3人目、14年ぶりの金メダルを獲得した脇本雄太(29)=福井・S級1班=と、弟で日本競輪学校に第115期生として5月9日に入学する勇希君(19)=福井=が、兄弟で20年東京五輪出場に意欲を見せた。ナショナルチームのトレーニングの合間を縫って弟の元へ駆けつけた兄。春の日差しを受け、2人は気持ちのいい汗を流した。

 5月9日に入学式を控え、地元の福井で猛練習に明け暮れている勇希君。必死にペダルを漕ぎ続ける額からは、汗が滴り落ちる。そこに脇本が現れた。自転車ナショナルチームの拠点がある静岡県伊豆市から、時間を作って弟の元へやってきた。

 バンクで軽く並走。普段は厳しい兄だが、この日は優しいまなざしで弟を見守った。バンクからトレーニングルームに場所を移し、今度はウェートトレーニング。慣れない勇希君に身ぶり手ぶりでアドバイス。競輪選手として、そして兄として弟のことが気になって仕方ない。

 兄の影響で中学2年生から自転車に乗り始めた。「小さい時からずっと兄の背中を追ってきた。漠然とだけど、小学生の時には競輪選手になろうと思っていました」。3年時には1000メートルで1分10秒台というプロ並みのタイムをマークし、早くから一部では将来の五輪候補と目されていた。

 兄と同じ科学技術高へ進学。16年にジュニアのナショナルチームに選抜されると、同年の「ジュニア世界選手権」(スイス)に出場するまでになった。兄はこの年、リオデジャネイロ五輪に初出場。同じ年に兄弟そろって日の丸を背負って戦った。偉大な兄を持つことについては「脇本雄太の弟というより、五輪選手の弟というプレッシャーがあります。でもいい意味で兄からは刺激を受けているし、身近に五輪選手がいるのはすごくプラスです。ハードルは高いけど兄と一緒に東京五輪へ出たいという夢があります」

 平昌五輪ではスピードスケートの高木菜那・美帆姉妹が、女子団体追い抜きで金メダルを獲得。多くの人に感動を与えた。もし東京五輪で脇本兄弟が、同じ種目でメダルを獲得したら…。「甘いですよ、それは。勇希が五輪に出たい夢をもつのはいいことだと思う。でも勇希はナショナルチームのレベル、世界のレベルをまだ分かってない。1番大切なのは、僕を追っての五輪ではなく、勇希の意志、どうしても五輪へ出たい気持ちですね」と厳しい。

 その兄は、東京五輪をリベンジの場にする。「リオ五輪は結果を残せず本当に悔しかった。悔しかった以上に恥ずかしかった。だから東京は絶対にメダルを取る」。昨年12月のワールドカップ第4戦ケイリンで金メダルを獲得。世界も脇本の力を認めている。

 勇希君がプロデビューするのは19年7月の予定。東京五輪の1年前。競輪学校ではナショナルチームのベトゥーヘッドコーチが指導する「ハイパフォーマンスディビジョン」入りを目指している。ここでは最新の機器を使い、バイオメカニクスを使った最新理論で強化を図っていく。ハッキリ言えば、五輪選手を育てる特別な部門だ。「勇希は体も大きくなってきた。素質はあると思う。ハイパフォーマンスディビジョンに選ばれれば五輪という言葉を口にできる」と脇本は期待を寄せる。そして最後に言った。「僕だって勇希と一緒に東京五輪に出たい」。

 弟にきつい言葉を投げかけるのは愛情の裏返し。高木姉妹のように、脇本兄弟が五輪の表彰台に並んだら、11年7月に亡くなった母・幸子さんが一番喜ぶだろう。(永井 順一郎)

 ◆脇本 勇希(わきもと・ゆうき) 1998年11月16日、福井県生まれ。19歳。科学技術高卒。5月に第115期生として日本競輪学校に入学予定。173センチ、65キロ。血液型A

 ◆脇本 雄太(わきもと・ゆうた)1989年3月21日、福井県生まれ。29歳。日本競輪学校第94期生。08年7月のデビュー以来、抜群のスピードを生かしてトントン拍子でトップクラスへ。G1タイトルこそないが、限りなくタイトルに近い男と言われている。16年リオ五輪代表。17年ワールドカップ第4戦で金メダルを獲得。180センチ、72キロ。血液型A

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