【篠原信一の柔道一本】康生監督に直撃取材!

スポーツ報知
井上康生監督(右)を激励した篠原信一氏

 9月に行われるバクー世界柔道選手権大会の全7階級の男子代表が出そろい、3日に東京・北区の味の素トレーニングセンターで公開されました全日本合宿にお邪魔してきました!

 第1回目の合宿ということで、井上康生監督がどんなテーマを持って稽古やトレーニングをするのか? 前男子代表監督だった身としても楽しみにしつつ、選手たちとも同じ場所で同じ空気を吸って、触れ合い、距離感を縮めておきたいなぁとも思いまして。

 篠原の心の声「だって最近は柔道のお仕事にお呼びがかからないし、皆さんの記憶から消去されているかも知れないしぃ…。不安!」

 さっそく、井上監督にあいさつ。まずは雑談で少しもんでからと思って、からの~…。すぐ柔道の話ですかい!?(汗)

 篠原の心の声「ここが俺との違いか!?(汗)」

 篠原「監督! 今日はトレーニングということですが、どんなトレーニングを?」

 井上監督「はい、先輩。反面教師ではないのですが、先輩にはたくさん、学ばせていただきましたから!」

 篠原「そうやろ!」

 篠原の心の声「反面教師って…。辞書には『反省の材料となるような人や事例を指す』だって。って、私は悪い見本ってことですかい!?」

 井上監督「はい! 先輩が監督の時のトレーニングは、目的がきついトレーニングでしたよね。私は試合で勝つためのトレーニングをさせていますので。4分間の試合時間内で試合に近い形でトレーニングを取り入れています」

 篠原「ふむふむ…。で、どんな?」

 井上監督「フィジカルの強化のサーキットトレーニングですよ。フィジカルってのは体幹のことですよ。はい。先輩の時とは違いますので。意味のあるトレーニングをしていますから。ウヒャヒャヒャヒャッ(笑)」

 篠原「ぐむぅ…」

 篠原の心の声「くっそぅ…。もう少し勉強しておけば良かった!(涙) 落ち着け、篠原! 今度は選手に行ってみよか!」

 と、そこへ、先日、全日本柔道選手権大会で優勝した原沢久喜選手が。原沢選手、私に「組み手を教えてください」と言うではないですか!? ええ。はい。私が監督時代にジュニアで強化していた選手ですから(ドヤ顔)。その選手から頼まれたら? はい。教えますとも!

 「相四つ組の時はこうした方がいいのでは!」

 「大外刈りはこうした方がいいのでは!」

 原沢選手「では、こういう時はどうしたらいいのでしょうか?」

 篠原「原沢君、君は意識が高いね!」

 篠原の心の声「さすが、意識タカスギくん えっ! まだ、聞いてくるの? もう、鈴木桂治コーチに聞きなさいよ(うれし汗)」

 篠原「原沢君! よく練習すると聞いていますよ。全日本を2回も優勝できる力を持っているのだから、全力で10の練習を10するのではなく、全力で8の練習をして2は技術を向上させなさい」

 原沢選手もウンウンうなづいてるし。あぁっ、オレって良いこと言うな~。そうでしょ!? 井上監督!

 井上監督「先輩、重量級の選手に組手や大外刈りのかけ方を教えてあげてくださいよ」

 うれしい気持ち半分、え~そこからですかぁ? と、ふと思ってしまいました。だって、原沢選手、リオ五輪で銀メダルですよ~! 今の世代の特徴なのでしょうかねぇ。試合を想定したトレーニングも確かに必要なのでしょうが、ここまで考えてやってあげないといけないのかなぁ…と、思ってしまいました。

 篠原の心の声「はい。皆さんのおっしゃる通りでございます。井上監督と前監督だった私の指導の違いは集中力ですよ! 全日本合宿の目的や考え方は似ていますがね! はい。皆さんのおっしゃる通りでございます。井上監督はどんな時でも最後まで、丁寧に選手に寄り添うんです。私ですか? はい。皆さんのおっしゃる通りでございます。最後まで丁寧に…ではなく、後は自分で考えてやれよ!でした(反省&汗)」

 ◆篠原信一(しのはら・しんいち)1973年1月23日、神戸市出身。45歳。中学1年で柔道を始め、育英高、天理大を経て旭化成に入社。98~00年まで全日本選手権3連覇。99年世界選手権で2階級(100キロ超級、無差別級)制覇。2000年シドニー五輪100キロ超級銀メダル。03年に引退。08年に男子日本代表監督に就任し、12年ロンドン五輪で金メダル0の責任を取る形で辞任。

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