坂本花織「フィーバーフィーバー」全日本2位の勢いで平昌「満足して終わりたい」
【台北(台湾)23日=高木恵】フィギュアスケートの四大陸選手権は24日に台北アリーナで開幕する。平昌五輪代表の坂本花織(17)=シスメックス=がこのほど、スポーツ報知のインタビューに応じた。荒川静香さんの2006年トリノ五輪金メダルの新聞記事が、五輪道への支えだったことを明かした。宇野昌磨(20)=トヨタ自動車=は公式練習で4回転トウループを猛特訓。曲かけをはさみ14本連続で跳んだ。女子ショートプログラム(SP)は24日、男子SPは25日に行われる。
―五輪の思い出?
「荒川(静香)さんが金メダルを取った時の新聞が、当時からずっと家の壁に貼ってあるんです。両親が貼ったと思うんですけど。めっちゃやばい。色が茶色になっちゃって。だけど、ずっと残っています」
―トリノ五輪は2006年。何歳?
「5歳ですね」
―記憶はある?
「うっすらと覚えている。その頃にはスケートを始めていたので。ああ、すごいことしたんだなあって」
―映像は?
「見たことあります」
―壁の新聞を見ながら育った。「いずれ自分も」と?
「でも、ほど遠いよなあ…っていうのはずっとあって…」
―12年後。自分が五輪へ行くことになった。
「いざ自分がなると…ワーオ! ワーオって感じ(笑い)」
―決まった瞬間も?
「ワーオ!って感じです。ビックリですよ」
―全日本選手権後、五輪で戦う覚悟はできた?
「みんなそれを目指してやっていて最終的には自分が選ばれたので。『私が出た方がよかった』って思われないようにしなくちゃいけないなって思います」
―同じ中野園子コーチに師事する三原舞依さんから全日本後に「一緒に練習している仲間が五輪に出られるのはうれしい」と。
「できれば舞依ちゃんと行きたかったけど、選ばれたからには日本代表としての責任のなかで自分の演技をしたい。舞依ちゃんの分も頑張らないといけないという思いが強いです」
―今17歳。将来の夢は?
「将来の夢ですか…。オリンピックで表彰台」
―北京大会で?
「はい!」
―そのためにまた4年頑張れそう?
「やります。けど、20歳を超えたら体が動かないだろうなっていう恐怖はある。中学校の時に比べたら高校になって動きにくくなって。下からどんどん上がってくるし、まだ自信がないです」
―全日本選手権では「新星」と騒がれた。ニュースにもたくさん。
「すごかったですよね。フィーバーフィーバー(笑い)。おお、自分おる~みたいな感じでした」
―今季からシニアに転向。シーズン序盤は「何で自分が映ってないの?」と思う時の方が多かったと。
「最初は200点を超えていないし、しかたないな、くらいしか思っていなかったです。でも近畿選手権で初めて200点を超えて(GP初戦の)ロシアでも自分としてはそれなりの順位の5位。それで、ちょっと『クソー!』って。『一気に名前出してやろう!』って。『スケートアメリカ、全日本』って発奮しました(笑い)」
―スケートをしていて一番幸せな瞬間は?
「今まであんまり跳んだことがないジャンプとか跳べると、めっちゃ『お~! こんなんもできるんや!』って。新発見できた時が一番楽しいです」
―平昌五輪ではどんな演技を?
「全日本みたいな。それ以上にパーフェクトなショートとフリーをやって、満足して終わりたいです」
◆坂本 花織(さかもと・かおり)2000年4月9日、兵庫県生まれ。17歳。神戸野田高2年。3歳でNHK連続テレビ小説「てるてる家族」を見てフィギュアに憧れ、4歳でスケート靴を履いた。昨季ジュニアGPシリーズ日本大会で優勝し、ファイナルと世界ジュニアで3位。全日本ジュニアでは白岩優奈、本田真凜を抑えて初優勝。今季からシニアに転向し、スケートアメリカで210・59点の自己ベストを記録し2位。全日本選手権2位。特技は水泳と折り紙。158センチ。