銀メダル・高木美帆の家族が明かす、超のつく「負けず嫌い」

スポーツ報知
銀メダルを獲得し、レース後に涙をぬぐう高木美帆(カメラ・酒井 悠一)

◆平昌五輪第4日▽スピードスケート女子1500メートル(12日・江陵オーバル)

 高木美帆(23)=日体大助手=が、日本女子メダル第1号となる銀メダルを獲得した。

 「8年前や4年前の悔しさは、五輪の舞台でしか晴らせない」。得意種目の1500メートルで雪辱を晴らした高木美。父・愛徳さん(60)や兄・大輔さん(27)が語る“美帆評”は超のつく負けず嫌いだ。

 スケートの合宿や練習で休みがちだった高校3年間だったが、成績はオール5と優秀だった。「人に負けたくないから勉強するんじゃない。テストで問題が解けないのが悔しいから」。そんな娘の言葉を耳にしたのが父。その姿勢はスケートも同じだと父は感じている。「五輪に出たいとか、1位になりたいってタイプではない。スケートをする以上、どこまでタイムを出せるのかを追求している」と話す。

 美帆が小学5年の時。地元のスケートクラブから移り、元五輪選手の指導を受けることになったことだった。兄に、美帆は「コーチの言うことが難しくて」とこぼしたという。ふつうなら、そのままスルーするところだが、美帆は違った。コーチの言葉を理解するために考えるようになった。

 「考えて滑ると速くなり、楽しさを知った」。気がつくと同学年にライバルもいない絶対的な存在に。「だから自分との戦いになり、勝負よりも内容にこだわる癖がついた」と兄は振り返った。

 今大会ともに出場する姉の菜那(25)、兄の3人で新聞配達をしていた頃があった。美帆は中学1年から始め、足腰の鍛錬に高校を卒業するまで続けたバイトだ。日が出る前に起きて、午前6時までに50軒近くを毎日、自転車でかけ回った。ここでも負けず嫌いぶりが出る。「雨が降ったら休みにならないかな」と、ぎりぎりまで寝ていた兄と姉を尻目に、4時半に起きて早めに配り終えて、どんなもんだいとドヤ顔を見せるのが美帆だった。

 「何が何だか分からないうちに終わってしまった」という初出場した2010年バンクーバー五輪は最下位で終戦。14年ソチ五輪も代表落ちしても「スケート人生で挫折はない」と口にしてきた。「成長するために必要だったから、その経験がある」。超のつく負けず嫌いの濃厚エキスが詰まったメダルとなった。

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