宇野昌磨、逆転銀にも“昌磨節”全開 冒頭4回転「失敗した時点で笑えました」

スポーツ報知
フリーで演技する宇野昌磨(カメラ・相川 和寛)

◆平昌五輪第9日 ▽フィギュアスケート男子フリー(17日・江陵アイスアリーナ)

 男子フリーが行われ、ショートプログラム(SP)3位の宇野昌磨(20)=トヨタ自動車=は202・73点、合計306・90点で銀メダル。冬季五輪では表彰台を独占した1972年札幌大会スキージャンプ70メートル級(笠谷幸生、金野昭次、青地清二)以来2度目の日本勢ワンツーフィニッシュとなった。

 五輪のメダリストになろうが、宇野は最後まで宇野だった。銀メダルが決まり涙を流す樋口美穂子コーチの隣で、きょとんとしたまま動かなかった。「五輪は特別な場所じゃなかった。他の試合での銀メダルと、あんまり違いを感じなかった。五輪だから2位になれてうれしいっていうのはあんまりない」。うそ偽りのない正直な思いだった。

 06年トリノ五輪でSP3位から逆転金メダルを獲得した荒川静香さんも使用したオペラ「トゥーランドット」に乗せ、最終滑走に臨んだ。2つ前の羽生が圧巻の滑りを披露。「勝ちたい」とスイッチが入った。頭の中で計算した。「完璧な演技をすれば1位になる」。だが、そのもくろみは冒頭の4回転ループで散った。転倒し「失敗した時点で笑えました」。気持ちを切り替え、続く4回転フリップは成功した。今季ミスが続いていたフリーで、初戦のロンバルディア杯以来の200点超え。「メダルより自分の演技ができたうれしさの方が大きい」と喜んだ。

 幼い頃にダンス、水泳、テニス、ゴルフと様々な習い事に通った。人前で踊るのが苦手で「ダンスとバレエは本当に嫌いだった」。ダンスは最初の準備体操のところで寝てしまった。小学生の時は大勢の前で創作ダンスを踊るように言われ、恥ずかしさから学校を飛び出したこともあった。

 スケートが一番楽しかった。5歳の時に初めて父と行ったアイスリンクで帰る間際に転倒し、思い切り頭を打った。しかし次の日には「行きたい! 行きたい!」とはしゃいでいた。「氷の上で踊るのは恥ずかしいことじゃないというのがあって。地上で踊るのは恥ずかしい。人に見られるっていうのが嫌で」。そんな少年が、五輪のリンクで世界中の視線をくぎ付けにした。

 表彰台では、幼い頃から背中を追ってきた羽生の隣に立った。「結果として1位、2位という順位ですごくうれしい。僕にとって羽生選手が最大の目標。いつまでも追いかけ続けたい」。羽生のような加点を引き出すジャンプの習得を今後の課題に挙げた。

 25日にエキシビションがあるが、18日に一度帰国する予定。団体戦でSP1位、個人戦で銀メダルに輝いた初めての五輪を最後に振り返った。「日本にいる時よりゲームができているので満足です。演技も生活もずっとグータラ生活を送って楽しかった」。自然体のまま成し遂げた、冬季五輪46年ぶりの日本勢ワンツーフィニッシュだった。(高木 恵)

 ◆宇野 昌磨(うの・しょうま)1997年12月17日、名古屋市生まれ。20歳。愛知・中京大中京高―中京大。トヨタ自動車所属。15年世界ジュニア選手権王者。16年4月に国際スケート連盟公認大会で史上初めて4回転フリップ成功。17年世界選手権銀メダル。今季はGPファイナル2位、全日本選手権2連覇。山田満知子、樋口美穂子両コーチに師事。159センチ、55キロ。

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