藤井四段ひふみん超え!史上最年少で名人を撃破

スポーツ報知
藤井聡太四段の快挙

 伝説が再び始まった―。将棋の史上最年少棋士・藤井聡太四段(15)が14日、名古屋市の東桜会館で行われた第11回朝日杯オープン戦本戦準々決勝で佐藤天彦(あまひこ)名人(29)に勝利した。史上最年少の15歳5か月で将棋界の象徴である名人を撃破する快挙を成し遂げた。2月17日の準決勝に進出し、羽生善治竜王(47)との公式戦初対局に臨む。優勝すれば、加藤一二三・九段(78)が1955年に当時15歳10か月で樹立した一般棋戦優勝の最年少記録を更新することになる。

 少しだけ声のトーンが高かった。少しだけ呼吸を乱していた。藤井の様子には、名人を破ったことへの高揚がわずかに見て取れた。「佐藤名人に勝つことができたのはとても自信になりました。勝負の上ではタイトル(戦)という気持ちで臨みました」。思いを隠さずに語った上で「佐藤名人の方が圧倒的に格上ですが、盤を挟めば同じプロ棋士として対等と思って指しているので」と棋士として矜持(きょうじ)ものぞかせた。

 史上最多の29連勝を記録し、列島を熱狂に巻き込んでから半年。地元・愛知での初の公式戦にして初の公開対局で、中学3年生は再び棋史に伝説を刻んだ。持ち時間各40分の早指し棋戦の朝日杯。1回戦で若手強豪の澤田真吾六段(26)をわずか54手で投了に追い込むと、一昨年に羽生名人(当時)から名人位を奪取して現在2連覇している棋界の頂点に挑んだ。

 戦型は藤井の先手で横歩取りに。佐藤は「後手横歩」の超絶的なスペシャリストで、実力者でも別の戦型に誘導することがある。対する藤井は横歩を苦手(過去3戦全敗)としているが、相手の土俵で真っ向勝負すると、事前研究の深さを感じさせる圧巻の指し回しで完勝した。

 「ひふみん」こと加藤九段が五段当時の1955年に大山康晴名人(後の十五世名人)に勝ったのは15歳10か月、高校1年の時。藤井は史上最年少にして初の「名人に勝った中学生」になった。故郷のファンの前で現役タイトルホルダーから初勝利を挙げ「緊張してしまいましたが、機会を頂けたことはうれしく思っています」と笑った。佐藤は「藤井四段の指し手が的確で、差が縮まらなかった。他の棋士にはない個性を感じました」と賛辞を贈った。

 2月17日に都内で再び公開対局として行われる準決勝で羽生竜王に挑む。国民栄誉賞の授与式からわずか4日後の大注目の一局になる。「羽生竜王は将棋を始めた頃からの憧れの存在なので、対戦できるのはうれしいことですし、公式戦で公開対局ということなので、全力を尽くしていい将棋をお見せできればと思っています」。羽生に勝ち、同日の決勝にも勝利すれば、15歳6か月での一般棋戦優勝。加藤九段が55年に六・五・四段戦(現在は終了)で達成した15歳10か月の最年少記録を63年ぶりに塗り替えることになる。

 小学4年時の文集に、将来の夢を「名人をこす」と書いた。「当時まだ小学生でしたので、今振り返るとすごいことを書いたなと思います」。報道陣を笑わせた15歳。大きな夢への最初の一局にすぎないが、「神の子」は瞬間的に名人を超えた。

 ◆藤井 聡太(ふじい・そうた)2002年7月19日、愛知県瀬戸市生まれ。15歳。杉本昌隆七段門下。5歳で将棋を始める。棋士養成機関「奨励会」を突破し、16年10月に史上最年少14歳2か月で四段昇段(プロ入り)。17年6月、デビュー以来無敗で史上最多の公式戦29連勝を記録する。現在、公式戦通算58勝11敗。名大教育学部付属中3年で、今年4月から同付属高に進学する。趣味・詰将棋。身長169センチ。家族は両親、4学年上の兄。

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