あの事件を先に緻密に描いてしまった、真保裕一さんの取材力とこだわり

2017年7月15日12時0分  スポーツ報知
  • 新刊「暗闇のアリア」を出版した真保裕一さん
  • 「暗闇のアリア」

 1990年代から幅広いテーマのエンターテインメント小説を生み出している作家・真保裕一さん(56)の最新刊「暗闇のアリア」(KADOKAWA、1728円)が14日、発売された。約400ページの長編ミステリーは「連鎖する謎の自殺」がテーマ。先の読めない展開で読者を夢中にさせる真骨頂のハードボイルドだ。真保さんに作品の魅力と物語が生まれるまでの裏側を聞いた。(甲斐 毅彦)

 スケールの壮大さと重量感、そしてどう展開するのか予想がつかない奇想天外さは、まさに真保さんが描くハードボイルドの王道といえるだろう。90年代から「連鎖」「ホワイトアウト」「奪取」などのヒット作に魅了されてきたファンとしては、待望の一冊だ。

 「最近はハードなものより、軽いものが受けている気がして、今どきこれで大丈夫かな、という気もしました。90年代はお弁当箱のような分厚い本が売れた不思議な時代でしたが、今は薄い本の方が売れていますから。でも、連載(小説野性時代)している時に『これ面白いんじゃない』と言ってくれる編集者がいたんで。力を入れて書きました」

 物語は北アフリカの紛争地帯で幕を開ける。ある経産省キャリア官僚が首をつった状態で死亡。娘は電話で「もう生きていけない」という父親の最期の声を確かに聞いた。だが妻は、夫は自殺ではない、殺されたのだ、と確信する。相談を受けた元刑事が、内密に過去の事件を調査していくと不可解な「自殺」を遂げた人たちがいることが次々と明らかになる…。

 「分厚いミステリーには、どこへ着地するのか分からず、えっこんなふうになるの?という面白さがあると思います。どこへ連れて行かれるんだっていうのを楽しんでもらいたいんですよね。登場人物がうねりに巻き込まれて、読者もそれを一緒に体験できるような話が書けたらいいな、とはいつも思っています」

 フィクションならではの大展開だが、読み応えを感じさせるのは、細部へのこだわりだ。犯行のカラクリとなる技術は、著者自身の取材に基づくもの。ネタバレになるので内容は明かせないが、作品内には今年発生した国際的な重大事件を想起させるシーンがある。だが、実際の事件が起こるよりも真保さんの執筆の方が早かった。しかも、その犯行は真保さんが描いた手口のほうが、はるかに緻密だ。

 「(実際に起きた)あんな茶番劇のようなものにはしないですから。ニュースが流れた後、編集者にメール送ったんですよ。変なのが起きちゃったね、と(苦笑)。でも(事件と物語では)レベルが違う」

 少年時代から望月三起也氏の「ワイルド7」など数多くの名作漫画に親しみ、ディック・フランシス(英国)らのミステリーを愛読。作家デビュー前にはアニメーターとして活躍していた真保さんの引き出しの多さは驚異的だ。作品のテーマは推理小説にとどまらず経済、歴史…と幅広い。そして09年の「デパートへ行こう!」で始まった「行こう!」シリーズも人気となった。アイデアは全く尽きないという。

 「ほんと不思議ですよね。自分でもよく浮かぶもんだな、と。子どもの頃から漫画、アニメ、小説が大好きで、物語を作りたいと思って、50年近くそういう訓練をしてきたようなものですから。いつも一生懸命に取っかかりを探しているのは間違いないです。電車に乗っていてもいろんな人を観察してるって家族に言われますね。生活していれば何か引っかかるものってあると思うんですよ」

 次作は、作家デビュー27年目にして初のスポーツ小説だ。テーマは卓球、競歩、ブラインドサッカー。22日発売の「小説現代」から連載を開始し、2020年東京五輪パラリンピックへ向けて「行こう!」シリーズとして文庫本になる予定だ。

 「スポーツものを書きたいと思っていたんです。(現代版の)『姿三四郎』(富田常雄による1942年の大衆小説)を書きたかった。柔道の技のかけ方や体の軸をどう使うかという技術論が細かく書かれている部分がある。当時は柔道が題材に選ばれましたが、今やるとしたらどの種目でできるかを考えて、卓球に行き着いたんです。卓球の面白さを編集者に2時間ぐらいかけて説得しました(笑い)」

 日々忙しい作家生活を送る真保さんが今、心から安らげるのは、油絵を描いている時だという。

 「中高生の時は美術クラブでしたが、途中から(描くのは)アニメばかりになってしまったので。今、絵を描くのは趣味だから楽しいですよ。アニメ制作に携わっている時は、小説を書くのを趣味にしていました。今は人の小説を読んでも、自分だったらどう書くか、と考えたり、どうしても仕事になってしまう。純粋に楽しめるかといったらほぼ不可能に近いんです。小説を書くことから離れたら読むのも楽しくなるんだろうなあ、と思っています(笑い)」

 ◆真保 裕一(しんぽ・ゆういち)1961年5月24日、東京都生まれ。56歳。アニメーション制作会社で「笑ゥせぇるすまん」などを手掛ける。91年「連鎖」で作家デビューし江戸川乱歩賞受賞。96年「ホワイトアウト」で吉川英治文学新人賞、97年「奪取」で山本周五郎賞と日本推理作家協会賞。2006年「灰色の北壁」で新田次郎文学賞受賞。他の著書は「正義をふりかざす君へ」「赤毛のアンナ」「遊園地へ行こう!」など多数。

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