唯川恵さんが田部井淳子さんから教えられた「自分がやりたいことは、かなわないはずがない」生き方

2017年9月23日12時0分  スポーツ報知
  • 「淳子のてっぺん」の著者・唯川恵さん(カメラ・甲斐 毅彦)
  • 1975年5月16日、女性として世界で初めてエベレストの頂上に立った田部井淳子さん(女子登攀クラブ提供)
  • 唯川惠著「淳子のてっぺん」

 女性として世界で初めてエベレスト(8848メートル)登頂に成功した登山家・田部井淳子さん(2016年10月20日死去、享年77)の一周忌を前に、直木賞作家の唯川恵さん(62)が田部井さんをモデルに女性登山家の一生を描いた小説「淳子のてっぺん」(幻冬舎、1836円)を出版した。1975年5月16日、男たちから「女には無理」と言われながらも、世界最高峰の頂を極めた「淳子」の生き方は、全ての女性に向けて送られた、強くて、優しい応援歌だ。(甲斐 毅彦)

 恋愛小説の名手として、女心をくすぐり続けてきた唯川さんは、山とは無縁だった。転機となったのは、東京から軽井沢に移住して、浅間山(2568メートル)を目にした時だ。裾野が広く、ゆったりとした独立峰を日々眺める中で「登ってみたい」と思い始めた。

 「2010年に飼っていたセントバーナード犬が死んでしまい、ちょっとしたペットロスになったんです。何か自分の気持ちを埋めることをしたいと思って浅間山に通うようになりました。それから少しずつ登山をするようになったんですが、最初は頂上まで行けるような体力もなかったんです」

 女性の一生を追うテーマでの新聞連載小説の依頼が来たのは、山の魅力を知り始めたその頃だった。誰をモデルにするか? 複数の歴史上の人物なども検討する中で、ひらめいた。

 「そうだ。田部井さんがいるじゃない」

 小説モデルとなる本人の承諾を得るため、14年に会いに行った時には、すでにがんとの闘病中だった。

 「手術は2回されていて抗がん剤も打たれてはいたけど、山にも登っていらしたし、お元気でしたね。登山家として実績のある方を(小説として)脚色するのは失礼かな、とも思ったんですが『その子(淳子)の物語を読者の一人として楽しませてもらいます』と了解をいただいたんです。旦那さん(政伸さん)にも快く受け入れていただけて」

 田部井さんは福島県三春町で生まれ、初めて山に登ったのは小4の時。女子大生時代に社会人山岳会に入って山にのめり込み、75年には女性だけで構成された登山隊で、男たちからは「無理」と言われながらも、エベレストの登頂に成功。その遠征は夫からの「子供を産んでほしい」という願いをかなえてからのことだった…。田部井さんの人生の時系列上の事実である「点」を、作家の自由な想像による「線」でつないで物語を紡いだ。

 「事実だけの記録だと、そこにたどり着くまでの人間的な部分が省かれてしまう、という思いが強かった。ノンフィクションとしての動かせないところは、そのまま事実として書いたんですけど、心の揺れや人との出会いや別れのところは、田部井さんからも『想像を膨らませてください』とお願いされました」

 唯川さんは、地方7紙の連載開始前にネパールへ行き、エベレスト街道をトレッキングした。「少しでも田部井さんが見た風景を見ておきたい」という思いからだった。見渡す限り6000~8000メートル級のヒマラヤの高峰に囲まれた神々しい風景は「想像をはるかに超えるものだった」という。絶景を体感してから着手した新聞連載は、田部井さん本人も闘病しながら愛読していた。

 「田部井さんは『楽しく読ませてもらっているわ』『面白いわね』とおっしゃるぐらいで。私自身も恐縮しちゃってあまり聞けない(笑い)。でも、ここが違う!みたいな指摘は一切なかったですね」

 唯川さんが、田部井さんと最後に会ったのは16年9月、77歳の誕生日を祝う「喜寿の会」の席だった。

 「だいぶお痩せにはなっていましたけど、歌を披露されたりして、皆を楽しませようとして常に明るいんですよ。亡くなられたのはその1か月後でした」。新聞連載は、まもなく「淳子」がエベレストの頂上に立つシーンが描かれるというところだった。

 作品を読んだ女性は、自分が追いかけようとしている夢に向かって背中を押された気持ちになるだろう。男性ならば、そんな女性を応援したくなるはずだ。撮影は難しいが、女性の一生を追うドラマ向けとも言えるかもしれない。

 「ドラマ化するなら(ヒロインは)イモトアヤコさんにでも!(笑い) 女性が自分の仕事を持つとか、夢や好きなことを追うのが、今以上に難しい昭和という時代に田部井さんが成し遂げたことは素晴らしいと思います。彼女にとっては山でしたけど、他の人が自分がやりたいことや夢に置き換えれば、かなわないはずがないんじゃないか。小説を書き終えて、そう思いました」

 ◆唯川 恵(ゆいかわ・けい)1955年2月1日、金沢市生まれ。62歳。短大卒業後、銀行勤務を経て、84年「海色の午後」で集英社のコバルト・ノベル大賞を受賞して作家デビュー。2001年「肩ごしの恋人」で直木賞受賞。08年「愛に似たもの」で柴田錬三郎賞受賞。「燃えつきるまで」「雨心中」「啼かない鳥は空に溺れる」など著書多数。

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