梯久美子さん、手震える新証拠で「謎解き」伝説夫婦の狂乱と愛憎の日々

2017年9月30日12時0分  スポーツ報知
  • 650ページを超える「狂うひと」の著者・梯久美子さん。数々の受賞は島尾夫妻の遺族からも祝福されたという(カメラ・甲斐 毅彦)
  • 梯久美子著「狂うひと」

 ノンフィクション作家・梯(かけはし)久美子さん(56)の「狂うひと『死の棘』の妻・島尾ミホ」(新潮社、3240円)は、戦後文学史上の名作と言われる故・島尾敏雄の私小説「死の棘」で描かれた伝説の夫婦の真実に迫った傑作評伝だ。読売文学賞と芸術選奨を受賞後、さらにその評価は高まり、講談社ノンフィクション賞を受賞した。決してきれいごとではない壮絶な夫婦の真実の物語は、どのようにして明らかになり、なぜ高評価を得ているのか。

 梯さんが島尾敏雄の妻・ミホさんに興味を持ったきっかけは、ある写真集に載った一枚の写真だった。黒いドレス姿で、南島とおぼしき浜辺に立つ高齢の女性。後に、壮絶な夫婦の愛憎劇がつづられた小説「死の棘」の妻だと知り、ノンフィクション作家の好奇心を駆り立てられた。2005年9月、奄美大島でひとり暮らしする86歳のミホさんに取材を申し込んだ。

 「東京から何回電話をしても出ないので、アポが取れないまま奄美大島へ行きました。ホテルに着いて電話したら、やっと通じて『体調があまり良くない』と。『島尾忌(敏雄の命日・11月12日)までには必ず元気になるから、その時いらしてください』と言われたんです」

 2か月後、奄美大島でインタビューに応じたミホさんは、生々しく敏雄との愛憎の日々を語り、取材は順調だった。4度目のインタビューとなった06年2月には、夫の日記から不倫を裏付ける「17文字」を見つけた日のことを振り返った。今日からちょうど63年前の1954年9月29日のことを「そのとき私は、けものになりました」と語っている。しかし、この日を最後にミホさんは取材を拒絶。その1年後に87歳で死去した。梯さんは評伝の執筆を一度は諦めたという。

 「その後、やはり取材を再開したいと思うようになり、(島尾夫妻の)長男の伸三さん(写真家)に経緯を話して、お願いしたんです。『わかりました』と承諾を得た時に言われたのが『きれいごとにはしないでくださいね』ということでした。伸三さん自身も表現者だからかもしれませんが、どうせ書くなら客観的な、ちゃんとしたものを書いてほしいと思われたんじゃないでしょうか。私はその時点で島尾さんの愛人の正体を突き止めて、そのことを伸三さんに伝えていたので“きれい”じゃないことが出てくるのは分かっている。その上で、そこまで言ってくださるご遺族はなかなかいらっしゃらないと思います」

 遺品整理に立ち会うことが許された梯さんは、島尾夫妻が残した草稿、日記、手紙、メモ、ノートなどの膨大な未公開資料を見ることになる。作品の題材となった狂乱と愛憎の日々を物語る数々の新証拠。日記などの資料と島尾夫妻の作品のすり合わせによる「謎解き」で、初めて浮かび上がってきた真実こそが「狂うひと」の最大の読みどころだ。

 「何度も背筋がゾクゾクしました。持つ手が震えるような生々しい資料が本当にたくさん出てきたんです。2人の人生そのものがそこにありました。2人とも書くことにものすごく執着した人たち。メモや書き損じた原稿まで、よくぞ取っておいてくれた、と思いました」

 「狂うひと」を読めば、この夫婦はともに文学的な表現のために、生活すべてを懸けていたように感じるかもしれない。夫が不倫について書き連ねた日記を妻がいつでも読める状態であったことなどから、2人して狂乱のどつぼへとはまっていったのは、作品化のための「共謀」だったとみる向きもある。しかし、梯さんはこの見方には否定的だ。

 「不思議にいろんなものがかみ合う夫婦だったから、後から2人の軌跡をたどると、まるで共謀したかのように見えてしまう。でも、そこまでのことはないと思うんですね。ただ(お互い)心の底では何かが起こることを期待して行動して、状況を打開したいという気持ちはあったと思います。日記はそもそも2人のものであって、(恋愛していた)戦時中には島尾さんが書いた日記をミホさんに届けて読ませていたわけですから」

 不倫と夫婦愛のプライベートな世界を赤裸々に書いたと言えば、聞こえは悪い。しかし、ノンフィクション作品として、これだけの高評価を得ているのは、戦時下から現在に至るまでの一時代を一人の女性の生涯を通じて描き出しているからではないか。

 「私自身もここまで書いて良かったのかなと思う部分は正直あります。ミホさんが書かれたくなかったであろうことも書いてしまいましたから。でも、ここまで書かないとミホさんの魅力は伝わらないと思いました。資料から立ち上がってきたミホさん像は、本人が封印していた生身の女性としてのリアルな姿。それは時代を超えて共感を呼ぶと確信しています」(甲斐 毅彦)

 ◆「死の棘」の背景

 作家・島尾敏雄は1944年、モーターボートで敵艦に体当たりする特攻「震洋隊」の指揮官として、奄美群島加計呂麻島に赴任。島で代用教員をしていたミホさんと出会い恋に落ちる。敏雄を慕うミホさんは敏雄の出撃と同時に自決しようと覚悟するが、その日は来ずに終戦を迎える。戦後まもなく2人は結婚。島尾の戦後の実体験に基づく小説「死の棘」では、妻が夫の情事を知って狂乱し、夫はひたすらわびて、妻の言いなりになっていく。

 ◆梯 久美子(かけはし・くみこ)1961年9月15日、熊本市生まれ。56歳。北大文学部(国文学専攻)卒。編集者を経て文筆業に。2006年の大宅壮一ノンフィクション賞受賞作「散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道」は世界8か国語に翻訳出版された。他の著書に「昭和二十年夏、僕は兵士だった」「昭和の遺書―55人の魂の記録」「百年の手紙―日本人が遺したことば」「廃線紀行―もうひとつの鉄道旅」「愛の顛末―純愛とスキャンダルの文学史」など。

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