【有森裕子コラム】「痛くても我慢して頑張った」蔓延するのはちょっと怖い

2017年4月9日12時0分  スポーツ報知
  • 左肩をテーピングした稀勢の里(右)は決定戦で照ノ富士を破り優勝

 先月の大相撲春場所は、稀勢の里関の連続優勝で幕を閉じました。22年ぶりとなる新横綱の優勝というトピックもさることながら、13日目に左腕を負傷しながらも出場を続け、優勝決定戦に勝利したというドラマチックさが、注目を集めたかと思います。

 とはいえ、競技者だった立場からすると、いい意味でもっとシンプルにスポーツを見てほしいという気持ちがあります。「スポーツは根性が大事。痛くても我慢して頑張った」という姿を良しとする見方が世の中に蔓延(まんえん)することは、ちょっと怖くも感じます。

 もちろん今回の稀勢の里関は、自分の体の状態を確認して「このまま相撲を取り続けても大丈夫」と判断して出場を決めたのでしょう。それに対し、見る側が「すごいね」と言うのはいいかとは思いますが、彼の決断が良かったか悪かったかは周囲が評価するものではない。「優勝をした」という結果そのものを褒めてあげることが必要なのではないでしょうか。

 スポーツを観戦する人たちは、結果が出るまでの「ストーリー」にひかれることがあるかと思います。でも、時に自分たちの都合がいいようにストーリーを頭の中で作ってしまうことがあるような気がします。

 私は96年のアトランタ五輪で銅メダルを取った後、「自分で自分を褒めたい」と話しました。流行語にもしていただきましたが、皆さんに聞いてみると多くの人が「自分を褒めて『あげたい』」と間違えて覚えているんです。これは、レースを見た方が「頑張ったから褒めてあげたい」と思ってくださったからでしょう。ただ、当時は自分自身「頑張れた」と思ったから、あの言葉を口にしました。自分でストーリーを作ったんです。

 周囲の評価というのは、その時の気分や流れで変わるもの。決して揺るがないのは勝ち負けだけです。だからアスリートに言いたいのは「勝て!」ということ。そして、見る側もまず、勝利をたたえてほしいと思います。(女子マラソン五輪メダリスト)

有森裕子
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