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盛岡大付「わんこそば打線」幻となった改名…G育成1位・比嘉のいた2016夏の思い出

2018年1月9日16時0分  スポーツ報知
  • 昨年夏の甲子園の作新学院戦で適時二塁打を放った盛岡大付の比嘉

 昨年11月までの約4年間、東北支局に勤務し、プロ野球・楽天をはじめ、Jリーグの仙台、山形など、さまざまな取材を担当した。その中でも印象に残っているのが、高校野球の岩手・盛岡大付だ。

 2016年夏の岩手県大会。強打で勝ち進む盛岡大付を見て「ヒットの“おかわり”が止まらない盛岡名物『わんこそば打線』だ」と書いた。勝手に命名させてもらったが、チームが甲子園行きを決めると、関口清治監督(40)から「いい名前を付けていただいた」と、思わぬ“公認”をもらった。

 聖地でも「わんこそば打線」は絶好調だった。1回戦の九州国際大付(福岡)戦は14安打を放ち、8―6で初戦突破。2回戦では創志学園(岡山)の最速154キロ右腕・高田萌生(現巨人)を攻略し、またも14安打で11―8と点の取り合いを制した。岩手県勢では春夏通じて甲子園初となる2桁得点で、チームにとっても初の夏2勝となった。

 快進撃を伝える紙面には「わんこそば打線」の見出しが踊ったが、3回戦の相手は「うずしお打線」の異名をとる強打の鳴門(徳島)。そばVSうずしお―。真剣にイメージしてみたが、そばの勝ちパターンは、なかなか思いつかなかった。

 くだらないことを考えていると、盛岡大付の5番・伊藤勇貴捕手(当時3年)が鳴門戦を前に提案してくれた。「『わんこそば打線』はいまいち強そうじゃないので、試合に勝ったら僕が別の名前を考えます!」

 試合は9―11で逆転負けを喫し、春夏通じて初の8強進出はならなかった。それでも鳴門の11安打を上回る13安打を放ち、最後まで「強打の盛付」を全国にアピールし、甲子園を去った。高校生のアイデアに乗っかろうと思っていた私は、今でも幻の「わんこそば打線」改名を思い出す。一体どんな名前が生まれていたのか―。

 盛岡大付は昨年、甲子園で春夏連続8強入り。16年夏も2年生でレギュラーだった高校通算63本塁打の3番・植田拓中堅手、37発の主将で4番の比嘉賢伸遊撃手が中心となり、強力打線をさらに進化させた。夏の県大会のスタンドで、部員たちがわんこそばのかぶり物で応援する“わんこそば隊”を見つけた時は、思わず吹き出してしまった。

 昨年10月のドラフト前、盛岡大付のグラウンドを訪ね、プロ入りに向けて自主トレする比嘉を取材させてもらった。関口監督が1年以上も前のことを覚えていてくれて、「ほら、わんこそば打線の名付け親だぞ」と、笑顔で私を紹介すると、比嘉は「分かりやすくて良かったです」と言ってくれた。

 盛岡大付は室内練習場がなく、冬場はデコボコの雪の上で打撃練習し、足腰を鍛えて強力打線を作り上げる。比嘉は厳しい練習に加え、1日6食で体重を入学時の68キロからの82キロまで増やした。

 冬のある日は、寮で1食目の朝食、ご飯にレトルトカレーをかけた状態で容器に入れ、教室のヒーターで温めておき、休み時間に2食目、学校で3食目の昼食、午後の練習前にコンビニでサラダチキンを買って4食目、寮で5食目の夕食、寝る前のラーメンで6食目を“クリア”したという。

 特にこだわったのは低カロリー高たんぱくのサラダチキン。「毎日219円ですからね。お金がかかった」と苦笑い。自己投資が実り、3度の甲子園出場と、巨人からの育成1位指名につながった。

 高卒の強打の遊撃手として「坂本2世」を目指す比嘉は、プロでも盛付魂で打ちまくることに「頑張ります!」と意欲を見せた。“1人わんこそば打線”でヒットを量産し、一日も早く支配下登録を勝ち取り、1軍で活躍する姿が見たい。

 私は東北支局から東京本社に帰任し、地方部で今年から「とやま・いしかわ報知」の取材を担当している。26日にはセンバツ出場校が発表される。今年もどんな個性的なチームが甲子園を沸かせるのか、今から楽しみだ。(地方部・竹内竜也)

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