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独立リーグからアメリカへ 選手だけではない審判員・小石澤進さんの挑戦

2018年3月13日10時45分  スポーツ報知
  • マイナーリーグ審判員に合格した小石澤進さん
  • 小石澤進さん(中央)と四国IL神谷佳秀審判部長(右)、2A審判員の松田貴士さん
  • 日川高3年夏の山梨大会、2回戦で6回無失点と好投した小石沢進

 夢をかなえるために、海を渡る若者がいる。小石澤進さん(24)だ。独立リーグの四国アイランドリーグplusから将来のメジャー昇格を目指し第一歩を踏み出すが、小石澤さんは選手ではない。審判員として今年2月に米マイナーリーグ審判員に合格したのだ。

 「(合格の時は)うれしい気持ちと信じられない気持ちで泣いてしまいました」と小石澤さん。MLBの審判員になるためには、まずマイナーリーグ審判員にならなければいけない。そのためには2つの関門がある。1次試験にあたるのがMLB公認の審判学校。5週間通い卒業が認められると、1週間の2次試験に進む。小石澤さんは、今年1月に米フロリダのハリー・ウェンデルステッド審判学校を卒業し、2次試験となるマイナーリーグ・アドバンストコースも合格し、マイナーリーグ審判員としてようやくスタートラインについた。

 「(審判学校は)アメリカ人、カナダ人、フランス人など色々な国の人がいましたが日本人は僕一人でした。アジア系も自分一人でした」。公認審判学校は2つあり、小石澤さんの学校には120人が所属した。もう1つの学校も同規模で、そこから25人ずつが2次試験に進む。今年の2次試験の合格者は10人。倍率約22倍の難関を越えたことになる。

 「最初は言葉が違うんでどうしたら伝わるかイライラもしました。でも黙ってちゃ覚えてもらえない。インストラクターにもどんどん話しかけました。存在を認めてもらうためにあいさつに行きました」。最初はアジア人、日本人としか認識されていなかったが、次第に名前の「シン」と呼ばれるように。1次試験の審判学校では、英語のためルールなどの筆記試験では苦戦するも、実技では高評価を得た。

 小石澤さんが米国での審判を目指したのはなぜだったのか。「実はNPB審判の試験に2度落ちているんです」。山梨・日川高、東京経済大では選手だった。「プロ野球選手になることしか考えていなかったんです。ずっと投手だったんですが結果を残せなくて、大学3年の時に野手にコンバートになったんです」。その時に2歳上の兄・健さんがNPBの審判員に合格。父親の重人さんは山梨県高野連、大学野球の関甲新学生リーグで審判員を務めている“審判一家”だった。「審判に興味がなかったわけでなく、そういう仕事があるとは思っていた」。大学4年でNPBを受験も不合格。警視庁、消防庁などに合格していたが、「どうしてもプロの世界で飯を食いたかった」と四国ILの審判員となった。

 1年間、四国ILで研さんを積み、NPBの試験を受けるも再び不合格。失意の小石澤さんに、四国ILの神谷佳秀審判部長(45)と、同リーグを経て現在は米2Aの審判員を務める松田貴士さん(29)から、米国への挑戦を勧められた。オフの期間にはオーストラリアに語学留学。さらに審判技術もレベルアップ。昨年の独立リーグ日本一を決めるグランドチャンピオンシップの審判に選ばれ、第3戦では球審を務めた。そして同リーグでは松田さんに続く2人目の米マイナー審判員となった。

 「神谷さんが付きっきりで指導してくれたお陰です」と語る小石澤さんに、神谷さんは「この世界に賭けるという根性がありガッツがあった。これからがスタートだけど、合格したことがうれしい」と目を細める。米国で7年目となる松田さんは「言葉もそうだけどあとは文化に慣れること。日本とは違うことがあるけれど、順応する気持ちを持ちつつも、日本人の心を忘れずにやって欲しい。礼儀正しさなど日本のプロフェッショナリズムは評価されているので…」とアドバイスを送った。

 小石澤さんのモットーは「グラウンドで弱みをみせないこと」。「正しいジャッジはもちろんですが、もし間違えたとしても下したジャッジには責任を持つ。そしてアメリカで求められるのはゲームをコントロールする能力。日本ではめったにないですが、退場を出すケースでは必ず退場させないといけない。それがベースボールだと思う」と意気込んでいる。

 今後は四国ILで審判を務め、6月に開幕するルーキーリーグに合わせて渡米する。そこでの働きが評価されると、翌シーズンに昇格出来るが、昇格できずにとどまることや、解雇されることも多い。選手と違い“飛び級”はなく、1AにもショートA、ミドルA、アドバンスAと3つのクラスがあり、その後は2A、3Aと昇格し、その上にMLBがある。MLBまでは順調でも7~8年を擁する。現在NPB技術指導員を務める平林岳さんは3Aを経験しているが、日本人でMLBに昇格した審判はいない。

 どこまでも険しい道のりだが、小石澤さんは「(エンゼルスの)大谷選手がメジャーでプレーしている間に、自分も昇格するのが目標です。1日1日、1試合1試合全力を尽くして評価されるようになりたい」。先日、契約書を交わし、所属リーグがアリゾナ・リーグに決まった。遥かなるアメリカンドリームへ。最高峰MLBを目指す小石澤さんの挑戦が始まる。(コンテンツ編集部・高柳 義人)

 ◆小石澤 進(こいしざわ・しん)1994年3月8日、山梨・塩山市(現・甲州市)生まれ。24歳。井尻小2年から野球を始める。松里中から日川高に進む。2年夏に甲子園出場もメンバー外。3年夏は3回戦敗退。東京経済大を経て、四国IL審判に。178センチ、80キロ。右投左打。

 ◆NPBと四国ILの審判 四国ILはNPBに11人の審判員を送り込んだ。今年12年目で、401試合に出場している市川貴之審判員を筆頭に現在は8人が所属している。NPBでは2013年12月にアンパイア・スクールをスタートし、2軍の試合に出場する育成審判員と、独立リーグに派遣する研修審判員の制度をスタート。研修審判員は最大2年、四国IL、BCの両リーグに派遣され育成審判員を目指す。四国ILでは昨年まで8人の研修審判員を受け入れ、今年も1人の研修審判員を受け入れるなど、人材育成でも交流を深めている。

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