元木大介氏、日本代表監督に就任!「チーム星野」を継承、U12世界一に挑む

2018年7月11日11時0分  スポーツ報知
  • カル・リプケン杯でU12日本代表監督を務める元木さん。3大会連続6度目の世界一を目指してタクトを振るう(カメラ・今西 淳)
  • ロングティを披露するの元木大介さん
  • 昨年11月、千葉・佐倉市の長嶋茂雄記念岩名球場での野球教室で記念写真した(前列左から)角盈男氏、中畑清氏、長嶋茂雄・巨人軍終身名誉監督、松本匡史氏、西本聖氏(後列左から)元木大介氏、定岡正二氏、篠塚和典氏
  • 5月8日に行われたセレクションに参加した元木監督(公式フェイスブックから)

 「チーム星野」から「元木ジャパン」へ、連覇のバトンが渡された。巨人でプレーし、その後、野球評論家やタレント、実業家とマルチな活動をしていた元木大介さん(46)が、8月に米国で開催される「カル・リプケン12歳以下(U12)世界少年野球大会」の日本代表監督にプロ経験者として初めて就任。3大会連続6度目の世界一に挑む。今年1月に急逝した星野仙一さん(享年70)がパイプ役となり、2007年から参加。託された闘将スピリットを胸に、クセ者と称された男が本格的な野球指導者の道を歩み始めた。

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 元木監督。その言葉の響きが新鮮だ。新指揮官は既に精力的に動き、5月8日に代表メンバーを選ぶセレクションを行い、38人から15人に絞り込み、今月29日に都内で結団式。翌30日に決戦の地へと向かう。

 「ほとんどぶっつけ本番。チームとしてまだ練習できていないし、自分としてもプレッシャーを感じている。日の丸を背負っていくんだから。たかが2週間の少年野球だと思ったら大間違いだと思うね。でも、由伸の気持ちがよく分かった。これが1年間でしょ。大変だなーって。セレクション終わったくらいからぱっと夢に出てきて、起きてどうしようどうしようって思うんだから」

 鉄人と呼ばれた大リーグ2632試合連続出場のカル・リプケン氏(元オリオールズ)主催のU12世界少年野球大会。日本は07年からボーイズリーグとヤングリーグで結成される日本代表が出場。きっかけは亡き闘将だった。子供に夢を、日本の野球を世界に、アマ野球の発展を、と遠征費用を負担して「チーム星野」を結成。世界に挑み、昨年までの11大会で5度優勝、昨年は連覇を成し遂げた。

 クセ者と星野仙一。接点はなんだったのだろう。

 「現役の時は怖いイメージしかなかった。打席に入ったら背中越しに声が聞こえてきて『いけーっー』って。『えっ、くるの?』みたいな。でも、辞めて初めてご挨拶した時に『おーっ、お疲れさん』って言ってくれて。『これから野球界を外から盛り上げていこうな』って。すごい優しい方だと」

 現役時代に、こんなことがあった。99年の球宴。元木さんは当時9年目で、三塁部門において2年連続2回目のファン投票選出。星野さんは長嶋さんらと全セコーチを務め、第3戦目は倉敷での開催だった。

 「星野さんの地元だから、お前、絶対スタメンで使ってやるからって言ってくれて。で、行ったら違って。『スタメンじゃないじゃないですか!』って言ったら『長嶋さんがまだ早いって。俺じゃねえぞ、長嶋さんだ』って(笑い)。そういうのも冗談で話せるようになって」

 その時の三塁先発は阪神の新庄。スパースターにスタメンを譲ったが、師弟関係の絆が生まれた。

 掛けられた言葉で、嬉しかったことがある。引退後、星野さんがまだ楽天監督だった時のこと。

 「巨人には何が足りないですか、監督として見てて、って聞いたの。そしたら『お前みたいなコーチがいないから』って。嬉しかったけど、どういうことですかって聞いたら『相手が嫌がる野球をしていかないとダメだ。チームで戦っていないから、あいつさえ抑えておけば、あいつだけ打てば何とかなるチームに見える。俺が監督の時、お前がいた時に、正直ほんとに嫌だった。イライラした。何してくるんだ』と。褒め言葉だと思って。ありがたいな、と」

 そんな星野さんから、去年のこと。交流戦の巨人・楽天戦の取材で東京ドームを訪れた際、星野さんに「裏に来い。お茶でも飲もう」と誘われた。サロンで雑談をしているなかで「チーム星野」の世界挑戦を聞かされ、突然、言われた。

 「『よかったら、お前やれよ』って。それだったら、ぜひ、やらしてくださいって言って。でも、亡くなられて、そういった話もなくなるだろうなって思っていた」

 しかし、運命にいざなわれた。元木さんの中学1年の長男(12)が所属するボーイズリーグ関係者から「チーム星野」の継承、U12代表監督の打診を受けた。偶然にして、必然だった。

 「もう話もないだろうな、だれも知らない話だからって思った時に話がきた。実は星野さんにやれって言われたんですよって話したら、それもいいきっかけだから、ぜひやってほしいと。星野さんからの言葉が残っていたから…。何かしら、星野さん、もういらっしゃらないけど、どこかで見てそうで怖いんだよね(苦笑い)。だから責任持ってやらないと。監督を引き受けたからには」

 小学2年の次男(7)と、息子2人の存在が、元木さんを野球指導者への道に背中を押してくれている。

 2人とも父の現役時代を知らない。

 「05年に引退して、翌年1月に長男坊は生まれているから。お腹の中にいたからね、それだけはちょっと俺の野球人生の…。辞めてから気付いたんだけど、もうちょっとやってあげたかったなと。G+の映像とかで、たいがいだれかのサヨナラヒットの時に、俺が一番に駆け寄ったりすると、あ、お父さん、いたって。俺、プレーしてないじゃないかよ、みたいな(笑い)」

 長男は、父がその昔、クセ者と呼ばれたことを知っている。

 「なんとなく分かってきたのかなー、と。だから、ちょっとナメている部分があるから『お父さん、ホームラン何本なの』って。66本だけだ、って言うと『打ってないね』って。じゃあ、お前、抜いてみろよ、抜いたらオレはもう何も言わないよ、って。そういう感覚で、本人はしゃべってくるからね。ただ、だれかと話している時に『お父さんみたいになって記録を全部抜きたい』って。あ、いいことだな、と。プロに入るのは大変だけど、入ってちょっと頑張れば、俺の記録なんかすぐ抜けるからね」

 長男も代表メンバー入りを果たした。親子で世界連覇に挑むことになる。

 「一緒に行くと思ってなかったね。ま、でも、自分の息子には厳しくなる。まず息子を怒鳴り散らしたらみんながぴりっとするから。つらい思いをさせるとは思うけど」

 父ではなく、監督に徹する。29日の団結式では、そして、全員で黙とうすることを決めている。

 「星野さん、頑張ってきますからと。子供たちがこんないい経験できるのは、野球人の先輩としてもありがたいこと。盗塁、エンドラン、スクイズ…。日本の器用さを出した野球を、他国にこういう勝ち方もあるというところを、見せつけてやりたい。みんなで力を合わせて、子供たちには最高の経験をさせてあげたい」

 〇…元木さんが少年野球の代表監督やるということで、多くの知人らも協力を申し出てくれたという。「激励と子供たちのためにって、青山メインランド、ルディープロジェクト、アイオニック、SSK、サラヴィオの各社様に、友人の柳井ゆき様、久田様。ほんと感謝しています。頑張って、と協賛してくれて」と元木。「子供たちに思い出に残るように」と「M JAPAN2018」「チーム星野」と入った記念ポロシャツなどが用意された。

 ◇元木 大介(もとき・だいすけ) 1971年12月30日、大阪府豊中市出身。46歳。小、中学生時代はボーイズリーグのジュニアホークスに所属。上宮高で甲子園に3回出場。89年夏に1試合2本塁打を放つなど甲子園通算6本塁打は清原(PL学園)の13本に次ぎ、桑田(同)、中村(広陵)と並び歴代2位タイ。高校通算24本塁打。89年に福岡ダイエーから野茂の外れ1位指名を受けるも、断って野球留学。翌90年巨人1位でプロ入り。2005年オフに33歳で現役引退。実働14年、通算1205試合、891安打、66本塁打。右投右打。引退後は野球解説者のほか、タレント、俳優、実業家としても活躍。

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