第100回夏の甲子園に導くのは、このプロ注目右腕トリオ

スポーツ報知
日大鶴ケ丘の152キロ右腕・勝又は最後の夏に奮闘を誓う

 「この球児ハンパないって」と題し、3週にわたってお届けする各地の注目選手紹介。第2回は、日大鶴ケ丘(西東京)の152キロ右腕・勝又温史(3年)。投打にプロ注目の逸材が、4年ぶりの夏の甲子園出場を目指す。金足農(秋田)の147キロ右腕・吉田輝星(こうせい・3年)は、甲子園未出場ながら高校日本代表の第1次候補入りを果たした逸材。古豪・宇都宮工(栃木)の186センチ右腕・田崎蓮(3年)は、現在も身長が伸び続けているという未完の大器だ。

 ■日大鶴ケ丘・勝又「155キロ出したい」

 しなやかな腕の振りから放たれる最速152キロの直球が、陽炎(かげろう)を切り裂いた。6月30日、千葉の強豪校との練習試合で先発した勝又は、4回2安打無失点、8奪三振と好投した。8球団18人のスカウトが視察する中で「変化球もうまく使って投げることができた。投げていて楽しい」と笑顔を見せた。

 昨秋からの急成長で、スカウト陣の評価も急上昇中だ。巨人・青木スカウトは「真っすぐが強い。可能性を秘めている投手」。日本ハム・岩舘スカウトは「当然ドラフト候補。夏次第で順位も変わるくらいの素材」と将来性に太鼓判を押す。進路をプロ一本に絞っている身長180センチの逸材に熱視線が注がれている。

 飛躍のきっかけは、思わぬところにあった。春の都大会ブロック予選で「2段モーション」を指摘された。本来の思い切りの良さを失った右腕に、萩生田博美監督(45)は、ノーワインドアップからワインドアップへの修正を提案した。「YouTubeで(楽天の)則本選手を見て、マネしてやってみました。振りかぶって勢いをつけて投げられるから、いいなと思った。そしたらハマった」と勝又。最速147キロだった直球は5月中旬、152キロに到達した。

 2年の時を経て、大輪が花開こうとしている。入学時は173センチ、69キロの細身。体づくりのため、2年秋までは主に野手としてプレーした。朝から3合の白米をかきこみ、1年夏から始めた早朝6時からの10キロ走やスクワットで、心肺機能と足腰も強化。地道な努力で一度もけがをすることなく、剛腕にふさわしい体をつくった。

 11日には清瀬との初戦を迎える。「まずは甲子園。個人としては、神宮で155キロを出したい」。磨き上げた超高校級の直球で、チームを4年ぶりの甲子園へ導く。東京最強へ。いざ出陣。(大谷 翔太)

 ◆勝又 温史(かつまた・あつし)2000年5月22日、東京・狛江市生まれ。18歳。小3から狛江ロッキーズで軟式野球を始め、投手も経験。中学時代は狛江ボーイズに所属し、主に外野手と捕手。3年時は投手も務めた。日大鶴ケ丘では1年夏からベンチ入り。2年秋までは投手兼外野手。5月中旬の桐光学園(神奈川)との練習試合で152キロを計測。球種はカットボール、カーブ、スプリット、スライダー。180センチ、76キロ。右投左打。家族は両親と姉。

 ■金足農・吉田「一戦一戦圧倒」

 全国的にはまだ無名の右腕が、飛躍を遂げようとしている。金足農・吉田は11日開幕の秋田大会に向け「優勝を見ず一戦一戦、圧倒できるように戦いたい」と意気込んだ。最速147キロの直球とスライダーを軸に、カーブで緩急も駆使。今春の中央地区大会準決勝・由利戦では17三振を奪い、2安打完封。そのまま県大会V、東北大会8強と躍動した。甲子園経験はないが、第12回U18アジア野球選手権の高校日本代表第1次候補にも選出された。

 昨夏も背番号1をつけて秋田大会決勝まで進んだが、明桜に敗退。涙をのんだ。連投で疲れが出ると腰の位置が高くなると指摘され、冬場は自分より重い体重90キロ台の選手を肩車し、本塁からポールまでの約90メートルを歩いて下半身を強化した。今春の東北大会は2試合連続完投。スタミナだけでなく、中泉一豊監督(45)が昨秋からの「一番の成長」と話す、高い制球力も身につけた。

 秋田の同学年のライバルの活躍も刺激だ。センバツに出場した由利工の右腕・佐藤亜蓮に、昨秋の東北大会で4強入りした能代松陽の技巧派左腕・佐藤開陸、昨夏甲子園出場も右肩負傷で登板できず、復活を目指す明桜の山口航輝―。「他の投手の活躍を見ると負けられない」と強く意識する好投手の存在が、進化を後押しする。3投手とは決勝でしか当たらない。11年ぶり6度目となる夏の聖地へ、避けては通れない相手だ。

 野球部OBの父・正樹さんの後を追って進んだ金足農で、甲子園を目指す最後のチャンス。エースは「(昨夏を)経験している選手が多い。同じ思いを絶対にしないようにしたい」と言葉に力をこめた。チームのため、自分自身のために、その右腕で未来を切り開く。(有吉 広紀)

 ◆吉田 輝星(よしだ・こうせい)2001年1月12日、秋田市生まれ。17歳。秋田・潟上(かたがみ)市立天王小3年時に天王ヴィクトリーズで野球を始める。天王中から金足農に進み、1年夏からベンチ入り、1年秋から背番号1。昨夏県大会準優勝、今春県大会優勝。176センチ、81キロ。右投右打。家族は両親、弟。血液型AB。

 ■宇都宮工・田崎「打たれない直球を」

 宇都宮工・田崎は無限の可能性を秘めた投手だ。186センチの長身、可動域の広い肩、すらりと伸びた手足。それらをフル稼働させ、最速142キロの直球を放ち、スライダーなど5種類の変化球を操る。今夏、自身の投球で試合の流れを作ると意気込むエースは「打たれないストレートを投げたい」と更なる高みを目指す。

 同校OBには12年夏の栃木大会、救援で22回2/3連続無失点を記録したヤクルト・星知弥投手(24)がいる。星は当時、最速150キロ。星が高1時に主将を務めた岡田宗大部長(26)は「素質は高校時代の星に匹敵する」と語る。

 田崎は中3時、早くから将来性を評価していた名門・作新学院に進む道もあったが、宇都宮工に進学した。理由は星にあった。田崎のいとこと星は同級生。小学校高学年時、応援に行った試合で星の投球を見た。「あんなに速い球を投げられるのか」と憧れを抱いた。星に続きたいと県立校を選んだ。

 入学後、才能はすぐには開花せず、両膝の成長痛に苦しんだ。伸びゆく背丈に投球フォームも安定性を欠き、ランニングもままならない時期もあった。初めてエースナンバーを背負った昨秋の栃木大会2回戦・文星芸大付戦に先発したが、7回6失点。チームも2―8で敗れた。

 「制球難でした。自分のせいで負けた」。勝利したい一心で、走り込みや投球練習へ真剣に取り組んだ。最速137キロだった直球は5キロ増。逆球は減り、制球力も向上した。完投できるまでに体力もついた。大森一之監督(51)は「あとはボールが指先にひっかかるコツさえつかめれば」と、まだまだ伸びしろは十分との見解だ。

 「宇工で甲子園に行きたい」と田崎。狙うは32年ぶりの聖地。その右腕で番狂わせを演出し、長くて熱い夏にする。(伊藤 明日香)

 ◆田崎 蓮(たさき・れん)2000年10月10日、栃木・上三川町生まれ。17歳。プロ野球に魅了され、小2から軟式野球を始める。本郷中でも軟式。2年時には県8強。長身の秘けつは「小学校低学年から飲み続けている牛乳」。遠投90メートル。186センチ、88キロ。右投右打。家族は祖母、両親、姉、妹。血液型A。

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