旭川大高146キロ右腕・沼田、兄の夢背負い「プロで勝負」甲子園で自信に

2018年9月28日5時55分  スポーツ報知
  • 取材に笑顔で応える旭川大高・沼田
  • 笑顔でキャッチボールする沼田

 今夏の甲子園に北北海道代表として出場した旭川大高の最速146キロ右腕・沼田翔平(3年)がこのほど、プロ志望届を提出。27日、旭川市内の同校で取材に応じ、決意を示した。甲子園初戦の佐久長聖(長野)戦は、大会史上初の延長14回タイブレークの末、4―5で惜敗したが、先発した沼田自身は8回4失点(自責点0)と好投、自信をつけた。今年のプロ野球ドラフト会議は10月25日。プロを目指す道筋を立ててくれた兄・真輝(まさき)さん(26)の夢も背負って、運命の日を待つ。

 希望に満ちあふれていた。プロ志望届を提出した旭川大高・沼田は「高校に入る前から、プロになりたいという思いがあった。考えたが育成だろうと、勝負したい気持ちはある」。“歴史的敗戦”から約2か月。甲子園初戦で延長タイブレークの末に涙をのんだ悲痛な面持ちは、少しもなかった。

 確かな手応えが、自信に変わった。佐久長聖戦では味方失策や、ダイレクト捕球と思われた飛球が安打にされるなど、微妙な判定にも泣かされ8回4失点。だが、自責点は0と粘投した。「もっとガンガン打たれると思ったが、ストレートで押せたのは自信になった」と沼田。熟考の末、プロのステージを目指す覚悟を決めた。

 兄の夢も背負う。小学時代にシラカバアレルギーを発症した沼田。一時は野球を断念し、屋内競技のバレーボールに転向したが、旭川北都商(11年閉校)でエースとして活躍した兄・真輝さんがいたからこそ、野球への熱は冷めなかった。「時間があれば、兄とキャッチボールをしていた」と右腕は振り返る。

 中学でもう一度、野球をスタート。釧路公立大に進んだ兄は、道6大学で対戦相手だった東農大北海道・玉井大翔(現日本ハム)の投球動画を撮影し、「このフォームを参考にしなさい」と見せてくれたという。「プロを目指すきっかけになった人」と沼田。兄がかなえられなかった夢を、右腕が追ってきた。

 今春の旭川地区予選でプロ9球団のスカウトが視察。146キロを計測し、日本ハムの白井スカウトも「対角線のボールがいい。楽しみな存在」と高評価していた。沼田は「不安はあるが、待つだけ」。運命の10・25を静かに待つ。(清藤 駿太)

 ◆沼田に聞く

 ―プロ志望届を出した。

 「どうなるか分からないので、不安はありますね」

 ―提出に至った経緯は?

 「社会人や大学の選択肢もあった。甲子園が終わって8月下旬まで一人で考え抜いて(届を)出そうと決意した」

 ―プロを目指し始めたのはいつ頃から?

 「中学までは全然プロは意識していなかった。高校を決める際、兄から『野球で食べたいならプロを目指せ』と言われてから」

 ―旭川大高を選んだのは。

 「プロ入りするなら甲子園出場が絶対条件。北北海道で甲子園出場に一番、近い学校だと思った。甲子園に出ていなかったら、届は出していなかった」

 ―中学でもバレーボールを続けていたら。

 「Vリーガーを本気で目指していたと思う。今でも、たまにバレー選手の動画を見ている(笑い)」

 ◆沼田 翔平(ぬまた・しょうへい)2000年6月24日、旭川市生まれ。18歳。旭川神居小4年で野球を始めたが、シラカバアレルギーを発症してバレーボールに転向。小学6年時に永山ウィングのスパイカーとして全道優勝に貢献した。旭川神居中で野球に再転向。高校では1年春から背番号14でベンチ入り。175センチ、63キロ。家族は両親と兄。

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