広陵OBはなぜ卒業後に成長するのか?「補欠の力」の著者・元永氏に育成力の秘密を直撃

スポーツ報知
著者の元永知宏さん

 広島のローテ右腕・野村祐輔に巨人の正捕手・小林誠司ら、プロ野球では広陵OBの活躍が目立つ。スポーツライター・元永知宏さん(50)の著書「補欠の力 広陵OBはなぜ卒業後に成長するのか?」(ぴあ・税別1389円)は広陵野球部の「育成力」に着目し、中井哲之監督(56)ら数々の証言を集めた一冊だ。なぜ広陵はチーム強化と人材育成の2本柱を“両立”できるのか。著書に込めた思いを聞いた。(構成・加藤 弘士)

 今夏の甲子園でも2年連続23度目の出場を果たした広陵。「KORYO」のユニホームは全国の高校野球ファンにおなじみだ。元永さんがこの本を執筆するきっかけは、中村奨成(現広島)を擁して準優勝した昨夏の甲子園で知った、あるエピソードにあった。

 「中村が、ベンチ入りできずにスタンドで応援する仲間に『俺のために太鼓をたたけ、その分俺が打ってやる!』というメッセージを送ったと聞きまして。補欠…広陵では『控え』と言いますが、試合に出られなかったメンバーを大事にしていることに驚いたんです」

 元永さん自身、東京六大学の立大で白球を追い、4年間でベンチ入り7試合、出場試合は0の「補欠」だった。

 「僕も経験がありますが、部員が100人を超える強豪校では、控え選手に発言権ってないじゃないですか。控え選手がレギュラーに『お前、ちゃんとやれよ』って言えるチームは、ほとんどない。分断があるのが普通です。広陵ではそれがないように、うまくマネジメントされている。そこに中井監督の教えがある。控え選手の無念や表に出ない思いをレギュラーが体現して、プレーで表現して勝利につなげているのは、かなり希有(けう)な例だと思ったんです」

 日本高野連の調査によれば、今年度の加盟校は3971。部員数は15万3184人だ。ベンチ入りが20人として、単純計算で夏の地方大会では、高校球児の半数以上が「補欠」と言える。

 「補欠をどうマネジメントして、チームに関わらせるかというのが教育者として一番大事なことだと思いました。会社でも花形部署の社員だけが偉いわけではありません。大きい組織になればなるほど、それを支えてくれる人がたくさんいる。夏の甲子園で準優勝した17年は岩本淳太という背番号18のキャプテンがいました。この夏も猪多善貴という背番号10のキャプテンだった。スター選手だけじゃ勝てないというのが中井監督の教えです。上下関係だけでなく、同級生の『横の関係』も大事。同期に言われる方が、中井監督は実になると考えている。『チーム全体で』というのが徹底されているんです」

 野球のうまさと、部内における序列の高さは比例してしまうのが実情だろう。なぜ広陵では、補欠がしっかりとモノを言えるのか。

 「中井監督が補欠をよく見て、しっかり評価しているからでしょう。広陵は寮で1年間の360日、一緒に生活するわけです。普通の部活で毎日3、4時間練習するのとは、ワケが違う。部員は携帯電話やスマホを持たない。全面禁止というのではなく、『持たなくても別にいいよね』というのが自発的に決まっているそうです。テレビも見られないし、外出もできない。寮とグラウンドと教室の三角形を行き来し、男の修業をします。共同生活では人間力が培われ、試される。それを互いに認め合う環境がある。だから例え技術が劣ったとしても、チームへの貢献が評価されやすいのだと思いますね」

 07年夏の甲子園決勝、佐賀北戦で広陵は逆転負けを喫した。野村―小林のバッテリー。4点リードの8回1死満塁。野村は3ボール1ストライクから明らかにストライクの直球を球審に「ボール」と判定され、押し出し四球で1点を献上した。その瞬間、小林はミットで地面を叩いて悔しがった。逆転満塁弾を被弾したのは、その直後だった。

 「当時、4年後に野村が、6年後に小林がそれぞれドラフト1位でプロに行けるなんて、彼ら自身も思っていなかったと言います。でもあの時の悔しさを次のステージで晴らそうと彼らは決意した。選手同士で『この負けがあったから、もっと頑張れたと言える人生にしよう』と話し合ったそうです。自然とそういう話になったそうなんですね」

 とにかく日本一になるんだ、勝たなきゃ意味がないというものではないという。

 「勝ち負けは相手のあること。自分たちが100%を出しても相手が120%を出せば負けてしまう。それじゃダメなのか? いや、そんなことはないというのが中井監督の考えだと思います。そこに懸けた思いやプロセスを大事にする。『高校でレギュラーかどうかなんか関係ないんじゃ。お前らは、人生に勝て!』という言葉が印象深いです」

 野村、小林らを始め、広陵OBは生き馬の目を抜くプロ野球の世界でも、1軍で花開く例が多い。

 「組織の中で自分の力を発揮できる能力が高いのだと思います。進学後も、東京六大学や東都大学など、多くの部員がいる強豪校でレギュラーを張れる選手が多い。厳しい環境の中でも、自分をうまく生かせるスキルを高校時代に学ぶのでしょう。野球の能力はもちろんですが、どんな組織に行っても、力を発揮できるたくましさや勝負強さがあるんです」

 今、補欠の高校球児やその保護者の方々に、この一冊を読んで欲しいと願う。

 「報われない現状で悩んでいたり、大変かもしれないけれど、勝負は今ではないかもしれない。大事なのはこれから先、何をやれるかです」

 ◆元永 知宏(もとなが・ともひろ)1968年1月28日、愛媛・大洲市生まれ。50歳。大洲高では外野手、捕手。一般受験で立大に進学。野球部では4年だった89年秋に23年ぶりのリーグ優勝を経験。卒業後はぴあ、KADOKAWAなどの出版社勤務を経て、フリーランスに。主な著書には「荒木大輔がいた1980年の甲子園」(集英社)、「殴られて野球はうまくなる!?」(講談社+α文庫)など。「期待はずれのドラフト1位」(岩波ジュニア文庫)はこのほど韓国でも出版された。

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