【楽天】平石監督代行手記…ライバル松坂にエール「1球でも多く俺らの大輔らしい姿を」

2018年7月14日10時0分  スポーツ報知
  • 試合前、談笑する(左から)上原、平石監督代行、松坂(カメラ・関口 俊明)

 ◆マイナビオールスターゲーム2018第1戦 全パ7―6全セ(13日・京セラドーム大阪)

 1998年の夏の甲子園準々決勝で横浜高の中日・松坂と延長17回の激闘を繰り広げた、PL学園主将だった楽天・平石洋介監督代行(38)が、ライバルであり親友でもある怪物右腕への思いを明かした。

 まさかこんなところでとはね。大輔が選ばれることより、僕が来ることになるとは全く考えていなかったからね。(※)

 大輔の名前を初めて聞いたのは高校2年の秋くらい。うちのエースだった上重が「横浜にすごい投手がおる」と言っていた。初めて見たのは98年のセンバツ。こんなヤツが俺と同級生でおるんかと思ったね。真っすぐが速いのはもちろんだけど、変化球もキレもそうだし、フィールディング、けん制と全部含めてこいつはマジですごいと思った。春から夏は大輔にどう勝つかだけを考えて練習してた。

 大学に入ってちょくちょく連絡を取り合うようになったけど、4年で進路に迷っていたときにいろいろと相談に乗ってくれた。大輔はプロで大活躍していたけど、高校の時に手術をした左肩の状態とか不安を電話で話したら「近くに知っている所があるから、心配せずに、いくらでも協力する」って言ってくれた。自分の中で不安もあってトヨタに進むことにしたけど、東京で上重とでゴルフをしたな。

 みんな同世代は「俺らの大輔」と言ってるし、みんな「松坂世代」と言われて悪い気はしない。今年で38歳で、まだまだ大輔がやれるのはそれだけ努力しているんだと思う。オープン戦で対戦したときは、見るのも楽しみだった。なんとか楽天としてインパクトも残したいと思った。そう思えるピッチャーってなかなかいない。純粋にそう思えた。

 僕は僕の道で頑張りたいと思うけど、大輔には1球でも1試合でも多く大輔らしい姿を見せてほしい。ソフトバンクにいた時はボロカス言う人もいっぱいいたと思うけど、(テストで中日入団という)この道を選んだことは本当に尊敬する。まだこんなもんじゃないというところを見せてくれと大輔にも言ってきた。まだまだ自分が納得いくまでやってほしいなと思います。

 ※楽天の監督代行として全パのコーチに。現役時代は出場なし。

 ◆平石 洋介(ひらいし・ようすけ)1980年4月23日、大分・杵築市生まれ。38歳。中学で大阪に移りボーイズリーグ「八尾フレンド」でプレー。PL学園高では3年の甲子園で春4強、夏8強。同志社大4年の世界大学選手権は日本代表で銅メダル。中学、高校、大学で主将を務めた。トヨタ自動車を経て2004年ドラフト7巡目で楽天入団し、11年に引退。翌年からコーチや2軍監督などを務めて今季からヘッド兼打撃コーチ。6月に梨田監督の辞任を受けて監督代行に就任した。175センチ、75キロ。左投左打。

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