【DeNA】後藤武敏、引退手記「松坂世代で本当に幸せでした」

2018年9月23日5時55分  スポーツ報知
  • 引退セレモニーで松坂(左)から花束を渡され、涙ながらに抱き合う後藤(カメラ・成海 晃)

 ◆DeNA4―2中日(22日・横浜)

 DeNA・後藤武敏内野手(38)の引退試合が中日戦で行われた。後藤は7回に代打で登場して三振に倒れたが、試合後のセレモニーでは横浜高でともに春夏連覇を成し遂げた中日・松坂、DeNA小池2軍外野守備走塁コーチから花束を贈呈。涙を流し16年間の現役生活に別れを告げ、球場は感動に包まれた。後藤はスポーツ報知に独占手記を寄せた。

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 最後の打席は大声援が一気に涙となってあふれてしまいました。三振でも3本振れたんで満足です。花束贈呈でも涙をこらえられなかった。近くで松坂が泣くのを見るのは初めてで。「世代の代表。マツには一番最後まで現役でやってもらいたい」と言ったら「頑張るから」と。一年間松坂の投げている姿に勇気をもらって頑張ってこられた。

 球団に正式に引退を伝えたその日に松坂に電話をかけました。一番覚えているのは出た言葉。「そっかあ……」で、そこからずっと沈黙。忘れられないです。僕から「年齢的にも体も正直つらい部分があって一生懸命やってきた。この年までできたってことは幸せなことだから、それで割り切りはついた」と、話しました。最後は「けがもしながら長くやってきた。よく頑張ってきたな」と言われましたね。

 正直、対戦したい気持ちは今でもあります。でも、もう十分。9月13日、甲子園で松坂が投げた後「僕はもう少し頑張る、という決意表明」と話した場面をテレビで見ました。その時の顔がいつもの顔ではなかった。本当に気持ちを込めて気持ちでしゃべってくれている。ありがたくて涙が出ました。家族も寝ていたのでなおさら一人で。対戦できなくても、その言葉で十分だと思いました。

 松坂世代で本当に幸せでした。「松坂世代」という言葉は野球で初めての「何とか世代」。知らない人と話していても「オレ、松坂世代」と、それだけで会話もできる。(法政)大学でも目立てば、「あの松坂の」とすぐ記事にしてくれる。注目度があるのですごく自分の励みになりましたし、やりがいになりました。

 同級生はビンビンに意識しました。大学時代から打者・村田(日大―前巨人)を間近で見て少しでも追いつきたいと思ってやって成長できた。和田(早大―ソフトバンク)もですね。全く打っていないんです。(プロで28打数2安打)。ほかにも高校で甲子園に行けなくても大学でガーンと伸びた人もいる。「すげーな」と思いながら、同級生なら打ってやろうと思うし、お互いが意識し合える存在。すごくいい環境にいられた。そういう部分で幸せでした。

 村田、杉内(巨人)も同じ年に引退しました。まだまだできると思っていた。僕なんかより実績も2人は上だし、いい時を知っているからこそ。あの村田で引退…。あれだけ実績のある人間でもやっぱりそうなる。目の当たりにしたら残念だったし、自分への危機感にもなった。

 今年、自分の打撃の映像を見て記憶しているものとズレが出てきた。スイングスピードにも「うん?」と思い始めた。こう打ちたいんだけど、その通りにいかない。若い頃はいい時は、次の日その通りにいける。今年は全く違う。一日一日日替わりで。自分では認めたくないんですけど受け入れ始めていた。

 もう38歳。年齢も年齢だし自分の置かれている立場とか、今年は色々考える機会があった。体も酷使しているし、結構いっぱいいっぱいという気持ちでした。けがが原因ではなかった。元々、けがはしてきた。けがとの狭間で練習していかないと上では活躍できない。けがをしてしまうのはよくない。ただ、けがは今思えばひとつの勲章。「気持ち」で練習できたのは誇れるところでした。

 いいときも悪い時も、ありました。(08年)日本シリーズではホームランも打てた。でもいい時って一瞬なんですよね。打てた時はうれしい。気持ちもいい。ただ、そこにいくまでの課程を僕は大事にしていた。一瞬の喜びのためにどれだけバットを振れるか。どれだけ練習できるか、どれだけ苦労できるか。それを昔から思っていて今日まで継続してやってこられたのは誇りです。

 まずは奥さん(英里夫人)に感謝を伝えたいですね。一切野球の話をしなくて同じテンションで迎えてくれた。表情を見て気を使ってくれていた。だから嫁さんには一番感謝したい。引退の報告をした時でも涙もなくサクっとでした(笑い)。「嫁さん強いな」と思いました。

 子供にも感謝したい。なぜか、長男(10歳)の友達が家に遊びに来た時「輪太郎のパパ今年でやめるんでしょ?」って言っていたんです。「もしダメだったら辞める」と、家で嫁さんとはよく話していた。だからそういうのを子供も敏感に感じていたのかな。知らない間にその言葉を家で使っていたのかなと。自分がそういう気持ちになっていたんだと、ハッとさせられましたね。

 ファンの方には感謝しても、しきれません。横浜スタジアムで代打に出た時、鳥肌が立った。あの声援は野球人生でも聞いたことがない。すごく後押ししてくれた。あれだけの歓声を聞いているから、応えないといけない。それが普段の練習にも、自分への責任感にもつながった。期待もかけてくれるし、応えたい一心でやってきました。ファンの方にお礼、感謝の気持ちを伝えたいです。16年間本当にありがとうございました。(DeNA内野手)

 ◆後藤 武敏(ごとう・たけとし)1980年6月5日、静岡県生まれ。38歳。横浜高3年時に春夏連覇。法大では2年春にリーグ3冠王。02年ドラフト自由枠で西武入団。11年オフにDeNAにトレード移籍。通算618試合で打率2割5分4厘、52本塁打、184打点。176センチ、84キロ。右投右打。年俸1840万円。登録名「G後藤武敏」。

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