【広島】衣笠さん、「見てますか」 27年ぶり地元胴上げ

スポーツ報知
3連覇を達成し胴上げされる緒方監督(カメラ・石田 順平)

◆広島10―0ヤクルト(26日・マツダスタジアム)

 広島が球団史上初の3年連続9度目のリーグ優勝を決めた。ヤクルトに先発野手全員17安打で10―0と圧勝し、緒方監督が9度、宙を舞った。セ・リーグでは3連覇以上を5度達成している巨人に次ぐ快挙。OBの衣笠祥雄氏(享年71)の訃報が伝えられた4月24日から一度も首位を譲らず、本拠地は91年以来27年ぶり、09年新設のマツダスタジアムでは初の胴上げが実現した。クライマックスシリーズ(CS)には10月17日開幕の最終ステージから出場。34年ぶり4度目の日本一を目指す。

 27年の時を超え、広島で緒方監督が舞った。真っ赤に染まったマツダスタジアムで、現役時代の背番号と同じ9度、胴上げされると「ファンの方たちと一緒になって胴上げしているようで…。夢のような瞬間でした」と顔を紅潮させた。

 マジック1から2試合お預けで迎えた2位との直接対決は打線が爆発した。初回に丸の適時打など5安打を集めて5点を先制。先発の九里は8回無失点の好投を見せ、9回は守護神・中崎が締めくくった。9・5差をつけた圧倒的シーズンを象徴する、先発野手全員の17安打10得点を挙げての完封勝利だった。

 「鉄人」衣笠氏の訃報が伝わった4月24日に首位に立って以降、一度もその座を譲らなかった。「失敗を恐れず、思いきって采配を取りなさい」。監督就任直後、衣笠氏から贈られた言葉を胸に刻んで決めた圧倒的Vだったが、指揮官は「苦しいことの連続。ここまですごく長く感じた」と、重圧と闘い続けた1年を振り返った。

 今年もV本命と言われ、迎えた春季キャンプ。「今年は丸がFA権を取る。チームは変わっていくし、外で見ていただくうちと、中でやるのは違う。心配ですよ」と不安を漏らした。球団の方針上、補強に頼るチーム作りはできない。いかに自前の戦力を育てて勝つか―。情を捨て“聖域”に手を付ける采配に覚悟は表れた。

 後半戦、打撃不振に悩む田中、菊池の1、2番を、下位に回した。2連覇の原動力「タナキクマル」の解体。勝利の方程式を担ってきた今村、ジャクソンでも不調なら容赦なく2軍へ落とした。「1つの形にはこだわらない。いろんな形を模索する」。新たな1番には4年目の野間が成長。育成出身のフランスアは8月、月間18登板で2リーグ分立後の日本記録に並んだ。

 ひとつ間違えれば士気に影響が出かねない主力の入れ替え。日頃からコーチ陣を通じて起用の意図を伝え、全員が同じ方向を向いて戦えるよう努めた。田中は「自分が1番を打たないといけないと思ってやってきた。でも(何番だろうと)自分のやることは変わらない」。菊池も初めて8番に下がった8月4日に2安打するなど、目の前の仕事に集中した。これが指揮官が追い求める組織の姿だった。

 15年、監督就任時からの座右の書がある。パナソニック創業者、松下幸之助の経営哲学を記した「松下幸之助 成功の金言365」。共感したのは、部下の長所を見て大胆に仕事を任せる一方、常に状況を把握し的確な助言を与えることが責任者の務めとする「任せて任せず」の精神だ。「任せた方がコーチも自覚が出る。俺より優秀な人材はたくさんいるんだから。ただ、任せっぱなしでいいという意味ではない」。世界的企業を一代で築き上げた経営の神様から、常勝軍団形成の神髄を学び取ってきた。

 関東遠征中の7月上旬には西日本豪雨が発生した。自宅が流されたり道路が寸断されたことで、14人の球団職員がホテル住まいを強いられた。安否を気遣う知人からのメールに、緒方監督はこう返信する。「俺たちが頑張らなきゃ。野球で何とか勇気づけられることができれば」。公式戦再開となった7月20日の巨人戦(マツダ)では自ら募金活動に汗を流し、試合は7点差をひっくり返されながら延長10回に逆転サヨナラ勝ち。ファンとともに半世紀以上を歩んできた市民球団の底力を見せつけた。

 高校時代、街灯を頼りに深夜の素振りを繰り返したストイックさは、30年以上たっても変わらない。8月には体調を崩しても家族に言わず、病院で点滴を受けて球場へ向かったこともある。1月に行われた母校・鳥栖高野球部OB会では「3連覇と日本一を目指す。今年はやります」と自らを鼓舞するように宣言した。

 お立ち台で「ここがゴールではない。日本一というゴールに向かって戦いは続く。一丸となって戦います」と前を向いた。リーグを連覇しながら届かなかった悲願。緒方カープの4年目は、34年ぶりの栄冠を手にして初めて集大成を迎える。(種村 亮)

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