豊田利晃監督、「ようやく将棋に恩返し…」映画「泣き虫しょったんの奇跡」公開中!

スポーツ報知
「泣き虫しょったんの奇跡」を撮った豊田利晃監督。さすがは元奨励会員。着手の所作も決まっている

 俳優の松田龍平(35)ら豪華キャストが集った映画「泣き虫しょったんの奇跡」が7日に封切られた。棋士養成機関「奨励会」で夢破れた後、サラリーマンから転身した異色の棋士・瀬川晶司五段(48)の半生を描いた作品。メガホンを執った豊田利晃監督(49)も、かつて奨励会に在籍して夢を追った経歴を持つ。「映画を撮って、ようやく将棋に恩返しができた気がします」。苦しい過去を感謝に変える一作となった。

 王将、金将、銀将…。真っさらな盤の上に、一枚ずつ駒が並べられていく。そして「泣き虫しょったんの奇跡」の文字が浮かび上がる。将棋への豊田監督の思いが込められた冒頭のタイトルバックだ。

 「駒を並べているのは瀬川さん本人の手です。盤と駒は佐藤(天彦)名人が羽生(善治)さんから名人位を奪った時(2016年)に使われたものを、無理をお願いしてお借りしました」。将棋を指す際の俳優の所作、対局室の細部にもこだわり抜いた。「最初で最後の将棋映画。だからこそリスペクトを持って撮りました」

 棋士を志しながら年齢制限のため奨励会を退会した後にアマチュアとして再起し、2005年の編入試験で夢をかなえた実在の棋士・瀬川五段の半生を描いた作品。実は豊田監督自身、わずか9歳で関西奨励会に入会して棋士を夢見た少年だった。「将棋は7歳で始めたんですけど、相手の王将の首をはねるための戦争というゲーム性が生理的に好きだったんですね。1対1で決闘するのが好きなんです」

 将棋しかなかった。将棋を指すことが全てだった。「名人を目指して悪戦苦闘の日々でした。楽しみも苦しみも勝負の渦中に入ってしまうつらい時代で。勝つためにどうするかを日常から考えていく剣豪のような生活でした。海も山も行かず、普通のティーンエージャーではなくなってしまった」 

 同世代の会員には、一昨年の映画「聖の青春」でも描かれた村山聖九段(1998年死去)、後に永世棋聖となる佐藤康光九段(48)もいた。駆け上がっていく2人のようには突出できず、17歳で自ら退会した。「佐藤君は入会試験で僕に勝って奨励会に入ったので、僕のことを恩人と言ってくれています(笑い)。村山君とは仲が良くて一緒に遊んだりしました。直接対戦では勝ち越したと思いますよ」

 挫折の後、新しく描いたのが映画という夢だった。

 「生まれた街が映画館が10館くらいあるようなところで、親父(おやじ)や友達とよく見に行きました。黒澤、ヒッチコック、キューブリック…映画は誰よりも詳しかった」

 鉄工所などで働いた後、助監督として映画界に入った3か月後、21歳で書いた映画「王手」の脚本が即採用された。「本は死ぬほど読んでいましたし、ライター業もやってて。文章ならなんとか書けると思った」

 1998年、29歳で監督デビューして20年。10作目の長編映画で題材に選んだのが将棋だった。「ずっと奨励会の映画をやりたいと思っていて『しょったん』を読んで、これならできると思えた。親や友達、周囲との関係をすごくリアルに感じたんです。瀬川さんは本当に人柄が素晴らしくて(松田)龍平に教える時も、ちゃんと負けてあげるんですよ。懐が広いですよね。僕には無理(笑い)」

 自らのルーツであり、苦い記憶も抱えた題材を撮り切った今、芽生えた感情がある。

 「過去は変えられないですからね…。勝てなかった自分をずっと憎んでいました。でも、映画を作ることで自己嫌悪は解けた気持ちがあります。将棋への恩返しもできたし、奨励会で10代を潰したことも無駄じゃなかったんだ、このために奨励会に入ったのかもしれないんだ、と思えました」

 夢破れた世界に再び挑み、手にしたもの。本作の完成は、奨励会退会から32年後に自らの手で起こした「としちゃんの奇跡」なのかもしれない。

 ◆「泣き虫しょったんの奇跡」 将棋が大好きな少年「しょったん」こと瀬川晶司は、棋士を志して養成機関「奨励会」に入るが、弱肉強食の三段リーグを突破できず、年齢制限の26歳を迎えて退会する。大学生、そしてサラリーマンになった男が追い始めた夢とは―。松田龍平、野田洋次郎、永山絢斗、染谷将太、妻夫木聡、松たか子らオールスターキャストが勢ぞろいした真実の物語。127分。

 ◆豊田 利晃(とよだ・としあき)1969年3月10日、大阪市生まれ。49歳。9歳から17歳まで奨励会に在籍。退会後、91年の映画「王手」(阪本順治監督)の脚本を手掛けてデビュー。98年、初監督作「ポルノスター」で日本映画監督協会新人賞受賞。主な監督作に「青い春」「ナイン・ソウルズ」「空中庭園」「クローズEXPLODE」など。全作で脚本も手掛けている。

 瀬川晶司五段
「奨励会時代は同世代だったんですけど東西で分かれていて交流がなかったので、知り合えてうれしかったです。撮影後はお酒をご一緒させていただいたりしていますけど、撮影にお邪魔した時は近寄りがたい雰囲気でした。『よーい、スタート!』の声から迫力があって、出演した棋士は『怒られてるのかな…』と言ってました(笑い)。僕の大好きな人たちがたくさん出てくる物語を撮ってもらったことで、大切な出会いを多くの人に知ってもらえるのはとてもうれしいです」

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