橘ケンチは「トップ下」 若いメンバーとのつなぎ役に

2018年9月15日14時0分  スポーツ報知
  • 橘ケンチ(カメラ・小泉 洋樹)
  • 橘ケンチ(カメラ・小泉 洋樹)

 人気ダンス&ボーカルグループ・EXILEのドームツアーが15日の京セラドーム大阪からスタートする。約3年ぶりのライブに、パフォーマーの橘ケンチ(38)は「顔合わせの時はぎこちなさがあったけど、今はいい感じになっている」と手応えを感じている。MATSU、MAKIDAI、USAの先輩3人が抜けて初めてのステージに「今になって自分たちがどれだけいい環境でやらせてもらったか分かった」とも。昨年立ち上げた「たちばな書店」や日本酒プロジェクトなどの個人活動、EXILE THE SECONDやLDH ASIAの役員としての思いも聞いた。

 3年ぶりとなるツアーのリハーサルで、メンバー15人が顔を合わせた時には微妙な空気があったという。

 「2年ぐらいEXILEとしての活動はないから集まった時は、しばらくだねとの思いと違和感の両方ありました。それぞれの活躍は見てはいてもいざ集まった時にどういう空気感で、誰が引っ張っていくかとか。最初はみんなけっこう探り探りな部分もあって硬い感じでしたね。でもみんなダンサーでボーカリストなんで、同じステージに立って同じ時間を過ごすと肌感で分かってくるんですよ。段々と絆が深くなって向かうべき方向も、何となくこんな感じだっていうのがね」

 ―旗振り役は誰になる。

 「ATSUSHI君はボーカリストで最初からいる唯一のオリジナルメンバー。彼の考えとかEXILEに対するニュアンスや方向性はみんなが気にします。でも、ボーカリストだからパフォーマーといつも一緒にいるワケじゃないんで、ダンサーだけの時はAKIRAが、ざっくばらんに言うみんなの意見をいい形で着地させてくれますね」

 一回りも違う若いメンバーも入ってきたが、グループの中で中間管理職の役回りも意識しているという。

 「僕らがEXILEに入った時はメンバー7人が一気にでした。これは普通ではないことでしょう。僕らを受け入れる決断をしたからには、先輩方は絶対に成功させなきゃいけない、この子たちを受け止めてしっかりEXILEにしなきゃという思いがあったと、僕は思ってます。HIROさんら先輩にいい環境をつくっていただいた中でやらせてもらいました。今度、若い子を受け入れる側になって改めてそんなことを痛感します。分からないことも多いだろうし、僕らが広く構えていないとチームとしてまとまらない。まさに中間管理職の役回りですね」

 EXILE加入当初、立場の変化に自分を見失っていた。実力をつけようと焦る中、救いとなった読書が個人活動につながっていく。

 「EXILEに入ってからは環境が一変しました。目まぐるしいスケジュールで『自分が今何してんだろう』って分からなくなった時期もありました。もしEXILEをクビになったら一人で生きていけんのかとか考えた時、生きていくためには自分を成長させなくてはいけないし、それは何かなと常々考えていました。それで浮かんだのが本です。昔はマンガばっかりでしたが25歳過ぎてから本格的に読み出していてこれを続けていこうと。成功者や自己啓発の本、ビジネス本とか好きで読みあさりました」

 昨年、本を通してユーザーと価値観を交換・共有する場「たちばな書店」をWeb上に開設。毎月1冊のペースで本の紹介を続けている。

 「自分が本から学びをもらって成長できたので、みんなにも伝えたい気持ちがありました。オンラインなら日本中の人が見られるし、ライブに遊びに来られなくてもここだと来られるでしょ。僕はしっかり書評を書けるワケではないので『この1冊は僕にとってこういう存在でした』というのを、素直な言葉で書いた方が僕っぽいと思って実践しています。本を通じて(作家の)北方謙三さんとトークショーができたり、確実に今までとは違う世界が広がっているのも実感しています」

 日本酒の啓蒙(けいもう)を目的にした「SAKE PROJECT」も順調に広がりを見せている。

 「2年前にLDH ASIAの担当になって海外の方に触れる機会も多くなりました。そこで自分が日本人なのに日本の政治や文化とか自信を持って話せないことに気づきましてね。アジアを担当するなら日本のことを学ばなきゃ、と思っていた時にちょうど日本酒を飲んでいたんですよ。全国各地に酒蔵があって伝統的な造り方もしている。そこから日本文化を学ぶというのもありだなと思いました。ツアーで各地回った時にもう1泊して酒蔵訪問するのを2年ぐらいしていました。地方の料理屋さんでは現地の名酒と料理という食の楽しみを味わえます。今までは酔ってみんなで楽しくなればいいという感じだったんですが、もう一つ上の幸せを味わうために“食”への興味も深くなりました。今ではLDH Kitchenのスタッフとも密接になって、僕のプロデュースで“酒の会”を3回ほどやらせてもらいました」

 日本酒は趣味のレベルを超えている。現在、英語で講義を行うSAKE講座を受講しているそうだ。

 「日本酒好きな世界の方に英語で説明したい、という思いが出てきたので講座に入りました。教材も講義も英語なので専門用語が外国語で身につくのはいいんですが資格試験はけっこう難しくて…。いい意味での自分への負荷になってます。20年の東京五輪・パラリンピックにはアジアからもたくさんいらっしゃるし、その時に日本酒を紹介できる立場でいられたらいいですね」

 ダンサーを目指したのは大学進学後。地元・横須賀で盟友のTETSUYAらとチームを組み、スクールにも通って実力を磨いた。

 「20歳ぐらいの時、僕とTETSUYAの共通のダンス友達が仕切ってグループをつくりました。大学にもダンスサークルがありましたが、やりたいジャンルじゃなくて自腹でダンススクールを探しました。それが偶然にもHIROさんと昔踊っていたボビーさんという方の教室でした。奇跡ですよ。毎週木曜日8時半からでレッスン後に僕の近くを通って先生と話すHIROさん見て『あ、本物だ』って、一方的に見ていました」

 ―プロを目指していた。

 「99%が就職する大学でしたが僕はダンスに没頭してあんまり行かなかったな~。就職活動もせずに周りから『大丈夫か』と心配されると『俺、ダンスで食っていく』。両親にもそう言っていました。親は卒業したら働くと思っていたからその時期はちょっと仲悪かったですね。クラブから朝帰りすると朝飯食べている出社前の親父(おやじ)とよくバッティングして超気まずかった。今は大丈夫、家族は応援してくれてますから(笑い)」

 04年にEXILEと共演してプロへの気持ちが一層固まっていったという。

 「ダンサーって、バックダンサーやレッスンしたり、ショータイムやってちょっとしたお金もらったりぐらいの仕事しかないと思っていました。そんな時にEXILEと一緒の仕事があったんですね。ダンスシーンのカリスマのHIROさんらがパフォーマーに徹してボーカルをつけてやっていたんですよ。当時は『何でそんなことを。どこを目指しているのか』って思っていたんですが、実際に仕事をして話すと、もう男惚(ぼ)れです。男的に刺さるモノがあって『俺もこういう感じで生きたい』って。そうは思っても生活はカツカツ。バイトしながらのド貧乏。何とかなるんじゃないかという気持ちだけで正解のない毎日を送っていました」

 新生JSBのメンバーに選ばれてその後EXILEに加入。二代目の活動には不安を持ったという。

 「事務所に呼ばれてHIROさんから『二代目JSBやんない? 無理なしで』。すぐに『絶対やります』って答えてました。HIROさん、『無理なし』けっこう多いです。EXILEの時もマックスうれしかったですが、こちらはグループの形が見えていたので想像がつきました。でも二代目の時はこれから自分たちが切り開かなきゃいけないというか、野心はあるんだけど先が全然見えていないというか。ワクワク、不安、希望、期待…。けっこう感情がぐちゃぐちゃでしたね」

 ―それだけに思い入れも深い。

 「6人で表現したらどんなグループになるか、みんなで悩みました。僕ら同じ世代で90年代に踊りにはまっている時に受けたインスピレーションやツボが同じだったりします。言いたいこと言い合える仲で、やっぱEXILEでもなく三代目でもなくジェネでもなく、自分たちの魅力は何だと思った時、今の年齢であったり大人っぽいパフォーマンスだったり、ライブの自由度じゃないかと。セカンドとしての(初の)WILD WILD WARRIORSツアー初日の新潟、お客さんがワーッと盛り上がった時に『やっぱりこれでいいんだ』と実感できました。ステージで女性とからむと『そんなことやんの』とかで盛り上がってくれて、僕らの見せ方の一つを発見できた気がしました」

 自分の非力さを認める精神的なタフさ、思い込んだら突っ走る決断力。謙虚さの中に光る頑固さがいい。(ペン・国分 敦、カメラ・小泉 洋樹)

 ◆LDH ASIA役員 マネジャーから中国語学ぶ

 今やLDH ASIAの役員として海外進出を担う立場にもなっている。

 「LDHはEXILEをスタートにアーティストが基軸になっていろんなビジネスにつながって、アパレルや学校事業に社会貢献事業部もあります。そのモデルをアジアでつくりたい。それにアジア人と日本人のグループやスターもつくりたいし、もしかすると飲食業もいいかもしれない。国境の垣根を越えるひとつの新しい価値観をつくれたらいいなと思います。中国語は(マネジャーの)王先生がいますから大丈夫です(笑い)。LDHも国際化されて、今回中国の方2人を新卒で採用したので、その一人をマネジャーにつけていただきました。ずっと北京語でしゃべれるありがたい環境でやらせてもらっています。僕個人の役者業も日本はもちろんアジア圏でもやりたいのもあるし、今それも探っています」

 ◆同世代6人「セカンド」の魅力は自由度

 セカンドのツアー最終公演でEXILEがサプライズ登場し、ATSUSHIが「僕らの思いをセカンドがつないでくれた」と感謝する場面に、メンバー同士の絆を感じたという。

 「僕らもそういう思いでやっていたんですが、分かってはいてもATSUSHI君がステージ上でそう言ってくれることで、僕らも報われた思いもありました。彼は謙虚で『EXILEがアンコールでバーッと出ていって大丈夫なの?』とも思っていたはずで、さすがミスターEXILEとしての心配りの結果なのかなとも思います。僕らはメンバーそれぞれをリスペクトし合っているのが強みで、誰かが何かやろうとするとみんなで応援します。それぞれ大人になっていろんなプロジェクトを始めてますよね。そうなると孤立しがちになるじゃないですか。でも、そこはHIROさんの『みんなで応援して、みんなで盛り上げよう』という“教え”がしみついているんですよね。みんなも最終的に、結局自分に返ってくると、本能的に分かっていると思いますよ」

 ◆橘 ケンチ(たちばな・けんち)本名・寺辻健一郎。1979年9月28日、横浜市生まれ、横須賀市育ち。38歳。明大理工学部電気電子工学科卒業。在学中にダンスチームに所属し、2007年新生J Soul Brothersのメンバーに。09年3月1日にEXILE新メンバーとして加入。EXILE THE SECONDとしても活躍。11年に日テレ系「ろくでなしBLUES」でドラマデビュー。13年映画「SPEC~結~漸ノ篇」に出演、15年に舞台「ドン・ドラキュラ」で主演している。現在、LDH ASIAの取締役も務めている。身長180センチ、血液型O。

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